第239話 随分と悔しそうじゃねぇか
「なに? 男の群れから使者だと?」
その日、女性ばかりのこの集落へ、男の群れから使者がやってきた。
ボスのリリさんは鼻を鳴らす。
「ふん、またいつものか。何度来ようとお断りだ。突っ撥ねちまえ。……む? 今回はわざわざボス自ら出向いてきやがった? ちっ、クソ面倒だな。さすがに適当にあしらうわけにはいかねぇか……」
リリさんは舌打ちつつも、どうやらその使者と会うつもりのようだ。
「そんなに嫌なの?」
「……連中は群れをまとめて一つにすることを望んでやがんだ。だがあたしはずっとそれを拒んでいる。こっちにとっちゃリスクだけで、何のメリットもねぇからな。繁殖のときだけ招き入れちまえれば十分だ」
リスク、というのは襲われたりするリスクだろう。
今みたいに男女が完全に分かれて暮らしていれば、その心配は要らない。
彼女たちは繁殖期以外、あまり異性を求めたりはしないようだ。
獣人は恋愛感情が希薄なのかもしれない。
「ま、たまにこっそり外で逢引きしてやがる奴もいるがな」
ちなみに生まれた男の子は、三歳くらいまでこの群れで育てられ、それ以降は男性の群れで暮らすことになるという。
なので親子関係も希薄らしい。
しばらくすると、リリさんのテントに三人の男の獣人がやってきた。
集落に同時に入ることを許されるのは、最大で三人だけなのだという。
「あの真ん中のが向こうのボスだ。名前は確かガガって言ったかな」
と、ララさんが教えてくれる。
僕たちはテントの外で、隙間からこっそり中の様子を窺っていた。
そのボスはかなり屈強な体躯の持ち主だった。
猫というより、虎とか獅子の獣人と言った方がいいかもしれない。
「で、わざわざボスのお前が出向いてくるなんて、一体何の用だ?」
「その前に聞かせろ。こいつはどういうこった? 周りが立派な石垣に囲まれてるのにも驚いたが、何より中のこの綺麗さだ。それに今年の食糧難が嘘のように、どいつもこいつも肉付きがしっかりしてやがる」
「ふん、それが人に話を聞く態度か」
「……はっ、相変わらずだな」
二人の関係はあまり良いものではないらしい。
「だが、そんなところがむしろ好ましい。ぜひ次の繁殖期にはお前とヤってみたい。オレとお前ならきっと有能な子が生まれてくるだろうぜ」
「やめろ、虫唾が走る」
リリさんは顔を顰めて吐き捨てる。
ボス同士の会談なのだけれど、なぜか求婚のようになっていた。
「リリ姉さんは昔から男嫌いだからな。繁殖期にだって、一度も誰かの相手をしたことがないそうだ」
「へ、へぇ……」
ララさん、そういう解説は要らないです。
「てめぇはそんなことを言うために来たのかよ? ならこれ以上、話しても無駄だ。とっとと帰れ」
「……単刀直入に言う。群れを一つにしないか?」
「断る」
「ま、まぁ待て。そっちにもメリットのある話だ。もし群れを統合したら、今後はオレたち男がすべての食糧を調達してくると約束しよう。そうすりゃ、お前たちは今後もう危険を犯して、わざわざ人族から作物を奪ってくる必要は無くなる」
とっておきの説得材料でも持っていたのか、そこで彼はニヤリと笑って、
「聞いたぜ? お前の妹が人族に捕まっちまったんだってな? 可哀想に……今頃は奴らの慰み者にでもされてるかもしれない。だがな、オレたちと一緒になれば、もう二度とそんな悲しいことはなくなる」
「ちっ、どこからその情報を得やがった……。だがな、生憎と妹ならすぐそこにいるぜ」
「なにっ?」
「おい、入ってこい。そこで盗み聞きしてんだろ?」
「……っ!」
バレていたらしい。
ララさんがすごすごとテント内に入っていく。
「……どういうことだ? あれはガセだったのか……?」
「いや、ガセではねぇよ。ただちょっと古かっただけだ。間抜けなこいつは確かに人族に捕まっちまったが、その後、帰ってきたんだよ」
「何だと? クソ、そんなことが……」
「おいおい、うちの妹が無事だったってのに、随分と悔しそうじゃねぇか」
リリさんは勝ち誇るように笑った。
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