第314話 我が一生に悔いはなし

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 一人の旅人が息を荒らげていた。


 若い女性だ。

 長い黒髪を頭の後ろで一本に結び、独特な鎧を身に着けている。


 その手には緩やかに婉曲した細身の剣。

 刀身に付着した大量の血は、周囲に転がる無数の魔物のものだろう。


 しかしその代償か、彼女自身もボロボロだった。


 そもそもここは、魔境として恐れられる広大な山脈地帯。

 過酷な自然環境に加え、危険な魔物が多数棲息しており、まともな人間であれば、単身で立ち入ろうなどとはまず考えない。


「あと少し……あと少しで、西が見えてくるはず……この山脈の、単身踏破……今まで、誰も成し得たことがない偉業を……打ち立てることが、できる……」


 彼女はどうやらまともな人間ではないらしい。

 なにせたった一人で、この魔境を越えようとしているのである。


 だがこの山脈の中心を縦断する、ひと際高い尾根へと差し掛かったときだった。


「っ……しまっ……」


 足を滑らし、登っていた崖から転落してしまう。

 岩壁に幾度となくぶつかりながら落ち、数メートルほど下方でどうにか停止する。


「ぐっ……足が……」


 激突の度に受け身を取ったようで、彼女は生きていた。

 しかし足を傷めたらしく、もはや立ち上がることすらままならない。


 そんな彼女に追い打ちをかけるように。

 空から巨大な影が降ってきた。


「……ドラゴン」


 地道に崖を登っていくしかできない彼女と違い、翼を広げて悠々と空を舞うその姿に、一瞬見入ってしまったが、それがこちらに向かってきていることに気づいてハッとする。


「グルアアアアアアアッ!!」

「無念……これまで、か……。しかし、我が一生に悔いはなし! このままドラゴンに喰われて果てるのならば、むしろ本望……っ!」


 剣を構えることもできず、死を覚悟する彼女へ、鋭い牙が迫った。


「…………む?」


 ドラゴンに丸呑みされるとばかり思っていたが、そうはならなかった。

 なぜかその口に咥えられ、そのまま一緒に大空へと舞い上がっていた。


「食うつもりは、ない……? いや……」


 巣に持ち帰ってゆっくり食べようとしている可能性もある。

 いずれにしても、彼女に成す術などない。


 ただ大人しく、ドラゴンに運ばれていくのだった。




    ◇ ◇ ◇




「ルークよ! こやつはきっとお主らの仲間じゃろう!」


 ある日、ドーラが何かを抱えて村にやってきた。


 見た目は幼女だが、その正体は人化したドラゴンだ。

 東の山脈地帯に住んでいるのだけれど、この村のワイバーン料理の虜になって以来、頻繁に遊びに来ていた。


「え? それって……人じゃない?」


 普段はワイバーンを捕まえて持ってきてくれるのに、彼女が運んできたのは若い女性だった。

 もしかしたらまだ少女と言ってもいい年齢かも。


 気を失っているのか、ピクリとも動かない。


「ていうか、生きてる!?」

「分からぬ。見つけたときは間違いなく生きておったがの」


 よく見ると酷い怪我をしているし、顔が真っ青だ。

 僕は慌ててポーションを振りかける。


 エルフ印のポーションなら、よっぽどの重傷じゃない限り回復できるはずだ。

 それでも無理なときはハイポーションを使えばいい。


 ポーションをかけてしばらくすると、段々と顔色がよくなっていった。

 大丈夫そうだね。


「わらわの巣の近くで見つけたから、持ってきてやったのじゃ!」

「巣の近くで? 見たところ、うちの村人じゃなさそうだけど……」


 褒めて褒めてとばかりに主張するドーラだけれど、あまり見たことのない顔だ。

 といっても、村人の数が増えまくって、さすがに全員の顔を覚えているわけじゃない。


 村人鑑定を使おうとしてみたら、鑑定できなかった。

 少なくとも村人ではないみたいだ。


 ただ、この村を訪れた可能性はある。

 あの山脈に挑むのに、村に立ち寄らないなんてことはあり得ないだろうし。


「それにしても、なんだか変わった装備だね」


 一般的な鎧とは違う、不思議なデザインをしている。

 ただ、何となく懐かしさを感じるような感じないような……?


 とそこへやってきたフィリアさんが、その謎の少女の姿を見て言った。


「この特徴的な甲冑。もしや、東国のサムライではないか?」


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コミック版『転生勇者の気まま旅』の第一巻が今月7日に発売されます! よろしくお願いいたします。(https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784757583795/)

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