第315話 生き地獄を味わえと申すでござるか

 エルフのフィリアさんは、長く生きているだけあって物知りだ。

 昔、世界中を旅したことがあるというし。


「この特徴的な甲冑。もしや、東国のサムライではないか?」

「サムライ?」

「うむ。あの魔境の山脈を越えた先。そこにはサムライと呼ばれる戦士たちが住む国が存在しているのだ」

「へえ」


 そのフィリアさんによれば、あの大山脈と広大な砂漠に遮られているせいで、独自の文化が発達しているという。

 この少し変わったデザインの鎧も、その一つらしい。


「彼らが扱う剣は〝刀〟とも呼ばれていて、片刃になっている。優秀な鍛冶師も多く、その切れ味は凄まじい」

「片刃の剣なんて、珍しいわね! 見てみたいわ!」


 興味深そうに目を輝かせているのはセレンだ。


「そういえば、そんなものが落ちておった気もするのう?」


 どうやら剣の方は置いてきたらしい。

 と、そのとき。


「う……ん……」


 謎の少女から呻き声が聞こえてくる。

 目を覚ましたみたいだ。


「こ、ここは……? ……っ!?」


 僕たちに気づいて素早く身構える。

 その際、腰の辺りに手を当てたのは、たぶん武器を手に取ろうとしたのだろうけれど、生憎とそこには何もなかった。


 無防備であると知って息を呑む彼女へ、僕は安心させるように言った。


「心配しないでください。倒れていたあなたをそこの彼女が助けてくれたんです」

「倒れていた……? 確か、拙者は、山脈踏破に挑み……そして……」


 段々と記憶を取り戻してきたらしく、彼女は深く息を吐く。


「そうか……拙者は、失敗したでござるか……しかも、生きるか死ぬかの覚悟で挑みながら、こうして生き長らえてしまうとは……何たる恥辱……」


 悔しそうに顔を顰め、わなわなと唇を震わせる。

 そして何を思ったか、懐からナイフのようなものを取り出すと、


「このまま生き恥を晒すくらいなら、自ら命を絶つでござる! いざ、切腹っ!」

「わああああっ!? ちょっと待って!? いきなり死のうとしないでっ!?」


 自分の腹にナイフを突き刺そうとした彼女を、僕たちは慌てて止めた。


「止めないでほしいでござる……っ! 拙者のような落伍者は、今ここで絶命するのが吉っ!」

「いやいや意味が分からないから!」


 なんかとんでもなく物騒な人なんだけど!


「はっ!」


 セレンが剣を振るい、ナイフの刃を斬り飛ばした。

 これでもう切腹は不可能なはずだ。


「なっ……拙者に、生き地獄を味わえと申すでござるか……?」

「何を言ってんのよ? よく分かんないけど、あの山脈を一人で越えてこようとして、失敗したってだけでしょ? それで何で命を絶つ必要があるのよ」


 愕然とするサムライ少女を、セレンが怒ったように諭す。

 すると先ほどまでの鬼気迫る表情はどこへやら、もじもじしながら彼女は言った。


「むう……しかし、拙者を止めようとする皆に『必ずや成し遂げてみせる、心配はするな、仮に死んだとしてもそれは拙者がそこまでの人間だったということ』などと豪語して出てきた手前、どんな顔をして戻ればいいやら……」


 思ってたよりしょうもない理由だった……。


「ええと、フィリアさん、その東国のサムライっていうのは、みんなこんな感じなの?」

「うむ。確かに彼らには〝恥〟というのを嫌悪する文化がある。……さすがにここまで極端ではないと思うが」


 どうやらこのサムライ少女は極端な例らしい。


「とにかく、せっかく助けてあげたんだから、勝手に死のうとしないでね? あ、まだ名乗ってなかったけど、僕はルーク。この村の村長だよ」

「はっ!? 助けてもらっておきながら、拙者はまだ礼の一つも述べていなかったでござる! しかも先んじて名乗られるとは……っ! なんという、サムライの名折れ……っ! 一生の不覚っ! かくなる上は、腹を切ってお詫びするしか……っ!」


 懐から新しいナイフを取り出すサムライ少女。


「切らなくていいから! ていうか、何本ナイフ隠し持ってるの!?」

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