第269話 命だけは許してほしいのじゃ
『このわらわをここまで追い詰めるとは……やるではないか、人間ども』
頭の中に響いてくる声。
元盗賊のサテンが使うギフト『念話』と、よく似た感覚だ。
セレンが訊いてくる。
「何よ、今の声? ルーク、あなたのスキル?」
「いや、僕じゃないよ。みんなも聞こえてるの?」
どうやらここにいる全員に聞こえているらしい。
だけど周囲を見渡してみても、この声の主らしき人物は見当たらない。
そもそもここ空の上だし、公園の上には僕たちしかいない。
いるとすれば、公園と公園に挟まれたドラゴンだけ。
「って、もしかして……」
『わらわじゃよ、人間ども』
「えええっ、ドラゴンが喋ってる!?」
正確には念話だけど、まさか意思疎通ができるなんて。
『このくらい、わらわにかかれば容易いことよ』
ドラゴンはフフンと自慢げに鼻を鳴らす。
「長き時を生きたドラゴンは古竜と呼ばれ、高い知能を持つと言われている。中には人間と意思疎通が可能な個体もいると聞いたことはあるが……」
そう驚くのはフィリアさんだ。
『左様。わらわは古竜。そんじょそこらのドラゴンなどとは一線を画す存在じゃ。そんなわらわと互角の戦いを見せたこと、褒めて遣わすぞ』
さっきは追い詰めたって言ってたけど?
『褒美として、今なら見逃してやっても構わぬ。くくく、わらわはとても寛大じゃからのう』
今度はドラゴン側が優勢な言振りである。
「なんか偉そうね、このドラゴン?」
「気にせず狩ってやりましょう、セレン隊長」
「古竜ってことは熟成されてより美味いかもしれねぇぞ!」
狩猟隊のみんなは気にせず狩る気満々だ。
『ちょっ、ちょぉっと待つのじゃ! これ以上は、わらわも本気出すからのっ? わらわの本気は凄いんじゃぞ!? 本気出したわらわにかかれば、お主らなんぞ、けちょんけちょんのぎったぎたじゃからな!?』
慌てて精いっぱいの脅し文句を口にするドラゴン。
「ふうん、やれるものならやってみなさいよ」
『ほ、本当によいのかっ!? せっかくのチャンスなのじゃぞ!? これを逃したら、もうお主らの死は確定したようなものじゃぞ!? よいのかっ? よいのじゃな!?』
「うるさいわね。とっととやるわよ」
『い、一分! 一分だけ時間をやるのじゃ! こんな大サービス、滅多にないことなんじゃぞ!? だから、しっかり考えて答えを出すのじゃ! よいな!? 決して早まってはならぬぞ!?』
……うん、どう考えてもただのハッタリだ。
「一分とか要らないんだけど? じゃあ行くわよ」
セレンがそれを一蹴し、ドラゴンへの攻撃を再開しようとする。
『くくくっ、せっかくチャンスを与えてやったというのに、これだから人間は愚かじゃのう! ならば喰らうがよい、これがわらわの必殺――』
いきなり大きく口を開けるドラゴン。
再び先ほどのブレスが来る、しかもその自信満々な様子から先ほど以上の威力かもしれない、とみんなが身構えた、そのときだった。
『わらわの負けなのじゃああああああああああああああああっ! だから命だけは許してほしいのじゃあああああああああああああああっ!』
全力で白旗あげてきた!?
『どうかこの通りっ! 許してほしいのじゃっ! そもそもわらわの肉はそんなに美味しくないからの!? ほ、本当じゃぞ!?』
一転して必死に命乞いしてくるドラゴンに、みんなが顔を見合わせる。
「……幾らドラゴンとはいえ、なんかちょっと可哀想に思えてきたぜ」
「考えてみたら、こっちが勝手に縄張りに入ったのが悪いわけだしなぁ」
「確かにそうかもしれない」
どうやら考え直すようだ。
まぁ、意思疎通ができるドラゴンを食べるというのは、さすがにちょっとね……。
「仕方ないわね……それじゃあ」
『み、見逃してくれるのかっ!?』
目を輝かせるドラゴンに、セレンは言った。
「せめて痛くない殺し方をしてあげるわね」
えっ!?
「美味しく料理して、残さず綺麗に食べてやろう」
「村長が教えてくれたように、ちゃんと食べるときに『いただきます』って言わないと」
「うんうん」
食べる気はぜんぜん変わってなかった!?
ていうか、いただきますって言えば何でも許されると思ってない!?
そんな万能な言葉じゃないよ!
『嫌じゃあああああああああああああああっ! 喰われとうないいいいいいいいいいいいいいいっ!』
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