第344話 お腹が一回り大きくなってる

 大量のドーナツを食べながらダイエットをしていたアカネさん。


「い、いや、その……こ、これを食べることで、よりダイエットに身が入るのでござるよ! つまり、ダイエットに必須ということでござる!」


 問い詰めると、そんな苦しい言い訳を口にする。


「結果的にそれで痩せているというなら別に文句はないけど……」


 僕は彼女のお腹をビシッと指さし、はっきりと断言してやった。


「むしろ前回会ったときより明らかに太ってるから! お腹が一回り大きくなってる!」

「が、がああああああんっ」


 アカネさんはショックを受けたように頭を抱える。


「そんな……あれだけ走ったのに……」

「それ以上に食べてたからでしょ。てか、気づいてなかったの? 体重計がないから自分じゃ分からないのか」


 この世界では体重を量るということはまだあまり一般的じゃない。

 天秤や、バネを使った秤はあるけれど、主に荷物などの重さを量ることに利用されている。


 後で製造工場に行って、人間の体重を計測するための専用の機器を作ってもらおう。


 と、そのとき後ろから驚くような声が聞こえてきた。


「……そ、そこにおられるのは……もしや、姉上ではござらぬか!?」


 振り返ると、そこにいたのはエドウのサムライらしき少年だった。

 今、姉上って……。


「っ!? ゴン……っ!?」

「や、やはりその声、間違いなく姉上でござる!」


 ゴンと呼ばれた少年は、どうやらアカネさんの弟らしい。

 最近、エドウから武者修行に来る人が増えているし、きっと彼もその一人なのだろう。


 一方、ブクブクと太ってしまったアカネさんは、その姿を弟に見られると思っていなかったようで、顔が見る見るうちに真っ青になっていく。


「ななな、なぜお前がここに!?」

「この村の噂を耳にし、それがしも剣の修行に来たでござる。しかし、ここにいらっしゃるということは、姉上はやはりあの魔の山脈を踏破されたのでござるな! さすが、姉上でござる!」


 大きな勘違いをしながら、目を輝かせて姉を称賛するゴンくん。

 一体どう応じるのかと思っていると、アカネさんは盛大に目を泳がせつつ言った。


「う、う、うむっ! 命懸けの戦いではあったが、拙者は成し遂げてみせたでござる!」


 思いっきり嘘ついたよ、この人!?


「おおっ! 姉上、ぜひそのときの武勇伝を聞きたいでござる!」

「そそそ、そうであるなっ! 拙者もぜひとも話したいところであるが、生憎と今は修行中でござる! また後にしてもらえると嬉しいでござるよ!」

「承知でござる! ……しかし姉上、少し見ぬうちに、随分と、その……肥えてしまわれたような……? てっきり関取かと思い、最初は姉上とは気づかなかったでござる」

「関取……そ、そこまで……」


 衝撃を受けてよろめくアカネさん。


「こ、これはでござるな、その、山脈踏破の激しさゆえに体力を大いに消耗し……い、今は回復のために、しっかりと食を取っているところでござって……」


 何とか取り繕うとしているけど、さすがに太り過ぎでしょ。


「な、なるほどでござる……っ! あの姉上がそこまで肉体的に追い詰められるとは……やはり魔境の山脈は恐ろしいところでござる……」


 ゴンくんは納得した様子だ。

 うーん、騙されやすいタイプなのかな?


「で、では、拙者は修行があるのでこれで! ゴン、お前も頑張るでござるよ……っ!」


 嘘をついている罪悪感からか、頬を引きつらせながら逃げるようにこの場を去ろうとするアカネさん。

 だけど太り過ぎた身体をまだ扱い切れていないようで、


 ゴキッ!


「ぎゃっ!?」


 足を挫いてその場にひっくり返ってしまう。


「大丈夫でござるか、姉上!?」

「だだだ、大丈夫でござるよっ! ~~っ! ~~っ!」


 慌てて立とうとするけれど、身体が重すぎるせいでまったく起き上がれない。


「くっ、姉上っ! やはり、魔境の山脈を踏破した後遺症が酷いのでござるなっ!」


 相変わらずゴンくんは勘違いしてるけど。


「(ぜ、絶対っ、すぐに痩せてみせるでござるうううううううっ!!)」


 お陰でアカネさんは今度こそ本気のダイエットを決意したみたいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る