第157話 この街での生活を堪能している場合か

「な、何だ、これは……?」


 その巨大な城門を前に、ドルツ子爵は思わず呆然と立ち尽くしてしまった。


 彼が治めていた領都の城門どころか、王都のそれに勝るとも劣らない立派な代物だ。

 遥か先まで続く城壁といい、どこか異国の大国に迷い込んでしまったのではないかという、錯覚を抱いてしまう。


「これが少し前まで村だった、だと? どう考えても、遥か前から建設が始まっていたとしか思えんぞ……」

「と、とにかく、ここならば我々が再起を図るうえで打ってつけのはずです。見ての通り、移住者らしき人々が続々とやってきています。彼らに紛れれば、我々も怪しまれる心配はないでしょう」

「……領地を失う原因となった場所に身を寄せるというのは正直、業腹ではあるが……確かに、ここならばフレンコ軍も手を出せぬだろう」


 そんなやり取りを家臣と交わしながら、ドルツ子爵は城門へと近づいていく。


 そこで衛兵と思われる連中から簡単な質疑をされたが、西の方からの移住希望者だと伝えれば、特に怪しまれることもなく通してもらえた。

 それだけ元ドルツ領からの移住者が多いということだろう。


 城門を潜り抜けると、そこには広大な畑が広がっていた。

 その先には再び城壁が存在し、どうやら村は二重の城壁で護られているらしい。


「畑まで城壁で囲ってしまうとは……近くに二つの魔境があるとはいえ、何という厳重な防衛だ……」


 その後、畑にできた作物の巨大さや、見たこともない建物、高性能な武器やポーション、魔物食材を使った料理などに幾度も驚愕させられつつも、住む場所や仕事を与えられ、無事に一族家臣そろって街に入り込むことに成功したのだった。


「今は雌伏のとき……必ず領地を取り戻してやる。フレンコ子爵よ、ひと時の勝利の味を、それまでせいぜい味わっておくがよいわ。くっくっく……」







「いやぁ、それにしても素晴らしい公演だった。演劇は王都にいた頃に何度か見たことはあったが、ここのはやはり次元が違う。同じものを何度見ても飽きぬ」

「本当ですね。そうそう、飽きないと言えば、ラーメンをご存じですか?」

「ラーメン? 聞いたことないな」

「恐らく異国の麺料理なのですが、これが途轍もなく美味しいのですよ。私は最近、毎日のように食べているのですが、スープも麺も色んな種類があって、まったく飽きることがありません」

「ほう、それは美味そうだな……。しかし美味いと言えば、やはりミノタウロス肉を使ったステーキだな。あれは最初に食べたとき、本当にこの世の食べ物なのかと疑ってしまったほどだ」

「いや、あの肉汁は反則ですよね。オークの肉やコカトリスの肉といい、本当にこの街のグルメはとんでもない。実は先ほどのラーメンも、オークやコカトリスで出汁を取っているそうですよ」

「なんと、それはますます食べたくなったではないか」

「ならば今から行きましょう! せっかくですから、幾つか食べ比べてみるのもよろしいかと。いえいえ、心配せずとも大丈夫です。この街で販売されている胃腸薬、効き目が抜群でして、飲めば幾らでも食べれるようになりますよ。さらに脂肪を燃焼してくれるダイエットポーションを飲めば、太る心配もありません」

「なるほど、だからこの街にはほとんどデブがおらぬのか! よおし、では早速、そのラーメンとやらを――」


 ドルツ子爵はそこでハッとした。

 あれ、儂って演劇やグルメを堪能するためにこの街に来たのだったか、と。


「ち、ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!」

「? どうされましたか? ははぁ、さては、今日はラーメンではなく、ハンバーガーの気分でしたか。あれもいいですね。ミノタウロス肉を使ったジューシーなパティに、爽やかなトマトとレタスを――」

「おい、目を覚ませ! 忘れたのか! 戦わずして領都を手放し、逃走したあの悔しさを!」

「はっ!?」


 胸倉を掴まれて前後に揺さぶられ、家臣も我に返る。


「そ、そう言えば」

「そう言えばではない! 儂らの目的は領地を取り戻すことだ! 羽目を外してこの街での生活を堪能している場合か!」

「……」


 いやあんたも完全に忘れて羽目を外していただろ、という顔をする家臣だった。

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