第73話 ちょっと待ちなさい

 セレン一行は、ダンジョンと思われるその穴の中へと足を踏み入れた。

 緩やかな下り坂を進んでいくと、やがて分かれ道が現れる。


「洞窟型のダンジョンみたいね」

「一本道なのは最初だけか。右も左も、さらに枝分かれしているようだな」


 少し覗いてみただけでも、かなり複雑そうなダンジョンだ。

 もし迷ってしまったら、入り口まで戻ってくるのは至難の業だろう。


「フィリア、あなたダンジョンに潜った経験は?」

「何度かある。伊達に百年以上も生きてはいないからな。その経験から言わせてもらうと、これ以上の調査には相応の準備が必要だ。いったん引き返した方がいいだろう」


 セレンの問いに、フィリアが答える。


「まず少し人数が多い。荒野や森ならともかく、この狭い洞窟内を進むには、せめて十人以下にまで数を絞らなければならない。また、マッピングのための道具も必要だ」

「分かったわ。一度、村に戻りましょう」



    ◇ ◇ ◇



「ダンジョン?」

「ええ。間違いないわ」


 調査から戻ってきたセレン一行から、僕は報告を受けていた。


「なるほど。だから村から除外されちゃっていたのかな」


 僕は実家にいる頃、家庭教師から教わったダンジョンについての情報を思い出す。


 ダンジョンには必ずダンジョンマスターと呼ばれる、そのダンジョンの所有者が存在しているという。

 所有者がいる場所なので、そのままでは村にできなかったのだ。


「見たところ、未発見か、少なくとも長く放置されてきたダンジョンのようね。もしかしたら貴重な素材やアイテムが手に入るかもしれないわ」

「そうだね。狩りの方は人数も増えて十分に人手は足りてるみたいだし……しばらくダンジョンの調査を進めてみてもいいかも」


 聞けば、洞窟型のためあまり大人数で挑むのは得策ではないらしい。

 せいぜい十人が限界だという。


「十人か。かなり少人数だね」

「サポートメンバーも最小限にしないとダメだわ」

「あ、それなら……」


 僕はある人物のことを思い出す。

 そう言えば、ダンジョン攻略に適任なギフトを持った村人がいたんだった。






「……え? あ、あっしが、ダンジョンに……?」


 自分の顔を指さしながら、目を丸くしているのは『迷宮探索』のギフトを持つカムルさんだ。



カムル

 年齢:38歳

 愛村心:中

 適正職業:冒険者

 ギフト:迷宮探索



 挙動不審気味に目を泳がせるカムルさんは、ベルリットさんたちと同じ村の出身で、最初の村人の一人だ。

 なのに、人付き合いが苦手なのか、誰かと話をしているところをほとんど見かけない。


 仕事のとき以外は、マンションの部屋に籠っていることも多いという。

 そのせいか、髪はぼさぼさで髭も伸び放題にしている。


「はい。実は村からそう遠くない場所にダンジョンを発見しまして。これから探索をしていこうと考えているんですが、ぜひカムルさんにもご協力いただけないかと」

「え? あ、あっしがですか……? あっしなんて、何にもできねぇですが……」

「そんなことないですよ。カムルさんのギフトは『迷宮探索』ですから。間違いなく役立つはずです」

「そそそ、そんなに期待されてもっ……ギフトがあっても、あっしなんかが、ちゃんと使いこなせるか分からねぇですし……」


 カムルさんは自信なさそうに俯く。

 一応ベルリットさんから話は聞いていたけれど、どうやら随分とネガティブな人のようだ。


「うーん、そうですね。ここで話していても仕方ないので、とりあえずダンジョンに潜ってみましょうか。役に立つか立たないかは、実際に行ってから確かめましょう」


 説得するのも面倒なので、強引に連れていくことにした。


 その後、カムルさんも加えたうえで、メンバーを十人以下にまで絞り、いよいよ出発することに。


「じゃあ、出発だね」

「ちょっと待ちなさい」

「え?」

「え、じゃないわよ。何であなたまで行こうとしてるの?」

「……ダメ?」

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