第173話 少なくとも俺は知らん
「あ、アルベイル卿だ……」
「なんという威圧感……」
「やはりこの男と戦うことを選ばずによかったな……」
配下の兵たちを引き連れ、堂々と謁見の間に入ってきたアルベイル侯爵を前に、魑魅魍魎のような宮廷貴族たちが圧倒されていた。
侯爵は玉座に腰かける国王ダリオス十三世の元まで歩いていくと、跪くこともなく、むしろ不遜な態度で告げた。
「貴様の娘が新たな女王となり、私を王婿として迎える、か。……ふん、悪くないだろう。私は王位そのものに興味はない。この国を意のままに動かすことができるようになるならば、何でも構わん」
武力で王位を奪わんとしていたアルベイル侯爵に対し、宮廷貴族たちが提示したこの妥協案は、侯爵にとっても悪くない案だった。
もし王位を簒奪した形であったなら、間違いなく各地で反乱が勃発し、国をまとめ上げるのにかなりの手間が必要になってしまう。
王家を存続させつつ、彼が王婿となるならば、そうした反発はかなり抑えられるはずだ。
無論、好戦的な侯爵にとって、力で民を押さえつけるのは容易い。
だが今後を睨むならば、できるだけ国内を早く平定させるべきだと判断したのだ。
「それで、王女はどこにいる?」
「……ここにはおらぬ」
「ならば早く連れてこい。一応は私の妻になる女だ。顔を見ておくべきだろう」
「ここに、というのはこの王宮に、ということだ。いや、それどこか王都にもおらぬ」
「どういうことだ?」
国王の言葉に眉を寄せたのは、アルベイル卿だけではなかった。
宮廷貴族たちも国王が何を言い出したのかと、ざわつき出す。
そんな中、ダリオス十三世は玉座から勢いよく立ち上がると、アルベイル卿を見下ろしながら不敵に笑った。
「それにしてもアルベイル卿ともあろう男が、まさか自らの膝元で育っていた脅威に気づかぬとはな」
「……何の話をしている?」
「ルーク=アルベイル。貴殿の息子のことだ」
「ルークだと? 荒野送りにした無能が一体何だというのだ?」
「はははっ、本当に無能だというならば、二年も経たずに、ここ王都に勝る巨大都市を作り上げてしまうはずがなかろう!」
理解不能な話を高らかに語る国王に、この場にいる誰もが「錯乱してしまったのでは?」と当惑する。
しかしダリオス十三世の目には、確かな理性が感じられた。
「余の話が嘘だと思うならば、すぐに配下に調べさせればよいだろう。そして我が娘はここにはおらぬ。貴殿のような男を婿に迎えるなど御免だと、とっくにその荒野の都市へ避難しておるからの」
「貴様……」
面倒な真似を……とやけに勝ち誇る国王を前に、アルベイル卿は唇を噛む。
このまま目の前の王を殺すのは容易いが、そうなると後が面倒だ。
恐らくはタダで権力を渡すのが癪で、嫌がらせとハッタリをかましてきただけだろう。
幸いその荒野はアルベイル領と目と鼻の先なので、王女を連れ戻すのは難しいことではないはずだった。
王女さえいれば、後はどうとでもなる。
「すぐにその荒野を調査させろ」
「はっ!」
「ついでに王宮内も調べろ。どこかに隠れている可能性もある。邪魔する者がいれば斬り捨てろ。相手が王族だろうと貴族だろうと構わん。すでにここは我々が占領したと思え」
「りょ、了解ですっ!」
こうして王宮はアルベイル軍に乗っ取られてしまったのだった。
――アルベイル領・領都。
「荒野の都市? 知るか、そんなもの。一体誰がそんな荒唐無稽な話をしてやがる?」
「そ、それが、ご当主様が……。兄君のルーク様が、そこに巨大な都市を作り上げてしまったのではないかと……」
「はっ、馬鹿を言え。あいつのギフトは『村づくり』だ。巨大都市など作れるわけがないだろう」
「た、確かにそうですが……」
「気になるなら自分で調べに行けばいいだろう。少なくとも俺は知らん」
「わ、分かりました」
アルベイル卿が寄越した調査隊を突っ撥ねたラウルは、彼らが去っていくのを見送ってから、小さく呟く。
「いよいよ父上に見つかったか……どうするつもりだ、兄貴?」
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