第126話 バレなければいいんですよ

「どうもどうも、新しく北郡の代官になったミシェルです。よろしくどうぞ~」


 村に挨拶に来た新代官は、随分と気さくというか、軽いノリの人だった。

 前代官のダントさんが眉を顰めている。


「えーと、村長のルークです。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「いやいや、そう畏まられると困りますよー。あくまで私はアルベイル家に仕える身分ですからねぇ」


 僕が実家を追い出された身と知ってるはずだけれど、それでも一応は主筋として敬うという立場を示してくる。

 ただ、こちらとしては警戒を解くわけにはいかない。


 ダントさんによると、新代官は元々貧しい家の出で、また武人でもないというのに、その実務能力を買われて代官にまで上り詰めた人だ。

 いわゆる叩き上げというやつで、今までは西郡で代官をしていたが、今回この北郡へと転勤してきたのである。


「(ラウル様というより、恐らくは彼のサポートのために領都に残った家臣団が選んだのでしょう。私も詳しくは知りませんが、噂では相当なやり手だとか。この難しい状況にある北郡の代官を任されるほどの男ですし、相手の態度に騙されてはいけません)」


 ダントさんがこっそり耳打ちしてくる。

 ただ、村人鑑定で調べてみても、決して他意がある様子ではない。


「それにしても随分と凄い街ですねぇ。綺麗で活気に溢れ、道端にゴミが転がっていたりしないし浮浪者もいない。美味しい食べ物が沢山あって、住民たちは快適な住まいが保証されている。聞けば、いつでも誰でも入れる公衆浴場なるものがあるとか。移住者が続出するのも納得ですよ。私もこんな街に住んでみたいですねー」


 手放しで村のことを褒め称えるミシェルさん。


「それで、実は折り入ってルーク様にご提案が」


 不意に真剣なトーンで切り出してきて、急に空気が張り詰めた。

 どうやらここからが本題のようだ。


 ダントさんが「下手な要求をしてきてみろ、この私が許さんぞ」と目を光らせる中、ミシェルさんは言った。


「北郡をこの街の一部にしてくださいお願いします」

「ふん、そんな話、飲めるわけが――へっ?」


 反射的に突っ撥ねようとしたダントさんが、頓狂な声を上げた。


「北郡をこの村の一部に……? この村を北郡の一部にするんじゃなくて……?」

「ははは、今やこの街、人口でも産業でも軍事力でも、北郡最大の都市リーゼンを大きく上回っていますからねー。いえ、むしろ北郡全体と比較したって上でしょうねぇ。そんな街をどうこうできるだなんて端から思ってませんよ。そもそもこの街のことは放っておくようにと、上から言われちゃってますし。だからこれ、ぜーんぶ私の独断です」


 ミシェルさんはニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 元代官のダントさんは頬を引き攣らせた。


「すでに多数の住民がこの街に移住し、その流れは収まる気配もありません。放っておいたら北郡から人がいなくなって、完全に吸収されてしまうでしょうからねぇ。それならもういっそのこと今のうちに仲間に入れてもらおうかと」

「だ、だが、それを独断でやるなど……」

「バレなければいいんですよー、バレなければ」

「なっ……」


 絶句するダントさんを余所に、ミシェルさんは笑顔でお願いしてくる。


「都市リーゼンにもこの街のような快適な居住区を作っていただけませんか? あと作物が信じられないくらいよく育つ畑とか、できれば公衆浴場なんかも欲しいですねー」

「ば、馬鹿を言え、幾らルーク様のギフトでも、そんな遠くに……」

「……できますけど」

「えっ?」


 結論から言えば、可能だ。

 なにせすでにこの村の領域、すなわち村スキルが使える範囲は、北郡全域を覆うレベルにまで広がっているのだから。


 もちろん、だ。


 ……いいの?

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