第104話 お金で売られた
「村長のルーク=アルベイルと言います」
少年がそう名乗ると、商人たちが一斉にざわついた。
しかし最も衝撃を受けていたのは、一団に交じって極秘の調査に来ていたレインだ。
「(ルーク様ああああああああああああああっ!?)」
仮にもアルベイル家の家臣団の一員であるレインだが、直接ルークを見たことがあるのは、せいぜい数回。
しかもかなり距離があったため、遠目から「あそこにいるのがルーク様か」と確認できた程度だった。
当然、相手も自分のことを知っているはずがない。
はずがない、のだが……。
「ええと、申し訳ないですが、ちょっとお話ししたいことがありまして」
「(話って何いいいいっ!?)」
レインの全身から冷や汗が噴き出してくる。
これまで調査団は誰一人として帰ってこなかった。
噂ではどこかに捕らえられて、死ぬよりも苦しい目に遭わされていると聞く。
「(嫌だあああああっ!?)」
「な、何かありましたかね? あっしはこの一団の長をしてるサントっていうんですが……そいつはうちの新入りでして……」
心の中で泣き叫んでいると、そこへ割り込んできたのは商人団の長だ。
しかも新人であるレインのことを可愛がってくれている。
「どうか自分が怪しい者じゃないと証言して!」と、祈る気持ちで見守っていると、
「もちろん彼が抜けた分は補填させていただきます。ええと、これくらいはいかがですか?」
「ぜひ連れて行ってやってくだせえ!」
「(お金で売られたああああああああああああああっ!?)」
結局、レインは商人団から引き離され、一人どこかに連れていかれることになってしまった。
いつの間にか屈強な男たちが傍にいて、逃げることもできない。
「(……お、終わった)」
連れていかれたのは屋敷だった。
そこで数人に囲まれる形で、レインは椅子に座らされた。
「レインさん、ですよね?」
「(何で名前知ってんのおおおおおお!?)」
家臣団の末端中の末端である彼の名など、覚えているとはとても思えない。
自分をピンポイントで連行してきたことといい、計り知れない相手に恐怖を覚える。
「全部話してもらっていいですか?」
威圧するでもなく、むしろ優しく問われて、レインの胸を様々な感情が過る。
これであっさり白状してしまうほど、自分は軟弱な男ではない。
それに父親をはじめ、一族の未来が自分の肩にかかっているのだ。
そんなレインの前に、一人の小柄な老婆が進み出てきて、
「いっひっひっひ、言いたくないなら言わなくて構わないよ? その代わり、死ぬほど楽しいことが待ってるけれどねぇ?」
「ひぃっ? は、話します! 話しますから!」
……本能で逆らってはならないと悟り、老婆の脅しに一瞬で屈するレインだった。
レインは洗いざらい話した。
とはいえ、すでに幾つもの調査団が捕まっており、特に目新しい話もなかったようで、相手の反応はあっさりしたものだった。
「その……わ、私はこれから、どうなるのでしょう……?」
「そうですね……さすがにこのままお帰りいただく、というわけにはいかないです」
ああ、やはり過酷な労働に従事させられて、たとえ怪我や病気になっても休むことは許されず、死ぬまで働かされ続けるのだろう……。
いや、先ほどの老婆によって、人体実験でもされるのかもしれない……いかにもそうしたことを嬉々としてやりそうな目をしていた……。
絶望するレインが連れていかれたのは、謎の箱型の建物だった。
ちなみに逃げないように数人の監視が付けられているのだが、いずれも強面の男たちで、これからどんな目に遭うのかとますます恐怖を覚えるレイン。
「お前さんにはここで生活してもらうことになる。詳しいことはすでに入居している者たちに訊くといい」
「は、はい……」
どうやら先に捕まった調査団の人間たちもここにいるようだ。
「ちなみに逃げようとしても無駄だぞ? すぐに見つかって衛兵に捕らえられるからな」
「っ……」
「ま、すぐに逃げようなんて思わなくなるだろうが」
「(精神をやられるぐらい酷い目に遭うってことか!?)」
ガタガタと震えながらレインはその建物の入り口を潜った。
すると彼を待っていたのは、意外にも小奇麗なエントランスだ。
「お、もしかして新入りか? しかし一人は珍しいな」
気さくに声をかけてきたのは小太りの男だった。
何か嬉しいことでもあったのか、やけにニコニコしている。
「……あなたは?」
「俺か? 俺はハンズって言うんだが、お前と同じでこの街の調査に来て、捕まっちまった一人だ」
「えっ!?」
返ってきた予想外の言葉に、レインは耳を疑う。
「今はここに軟禁されている」
「じゃ、じゃあ、毎日、過酷な労働を……?」
「はははっ、仕事はしてるが、全然過酷じゃないぜ。八時間勤務の週休二日、しかも朝昼晩の食事つきだ」
「老婆の人体実験は……」
「人体実験? 何だそれは? まぁ拷問好きのばあさんはいるが……大人しく情報を吐いちまえばそんなに酷いことはされないぜ。それよりベッドや風呂付きの部屋も与えられて、領都にいた頃よりよっぽど快適な生活をさせてもらってるぐらいだ」
嘘を吐いている様子はない。
そもそも本当にレインが想像していたような目に遭っていれば、こんなに肌つやと肉付きがよくはならないだろう。どう見ても健康そうだ。
「ルーク様は素晴らしい方だぜ。普通なら俺たちなんて酷い扱いをされても仕方ないもんだが、こんな待遇だ。それどころか、俺たちの立場や領都に残してきた家族の心配までしてくれたよ。考えられるか? 俺なんて、命令とはいえ、隙あれば暗殺しようとしてた人間だぞ? はっきり言って、ラウル様とは人間としての器がまるで違う」
「ちょっ……」
「結局、アルベイル卿も、ラウル様も、俺たちをただの道具としか思ってねーんだよ。まぁ貴族なんて元よりそんなもんで、ルーク様が特別なんだろうが……。いずれにせよ、もう領都に帰れと言われても帰りたくないね。……あーあ、ルーク様がラウル様を倒してくれねーかなぁ」
とんでもない不敬発言の連続に、レインは絶句してしまう。
だが同時に胸がすくようでもあった。
自分でも気づかないうちに不満が溜まっていたのかもしれない。
「(もしかして……この村は天国なのか……?)」
彼がこの村での生活を心から満喫するようになるまで、それから数日もかからなかった。
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