第105話 人っ子一人見当たらない
シュネガー家との戦いに大勝し、ラウルが領都に戻って来てからおよそ三か月が経っていた。
あれから幾度となく荒野の調査を行ったが、ついに誰一人として戻ってくることはなかった。
北郡の代官も依然として招集に応じる様子はない。
結局ラウル陣営は、街へ行ったことがあるという商人などを捕まえ、無理やり情報を吐かせるなどの手荒い手段に出た。
するとあの代官の部下だったという男の報告が、決して嘘偽りではなかったことが分かってくる。
どうやら領都から追放されたルークが、本当に荒野に一から都市を築き、今やそれが万に迫る住民が暮らすほどにまで発展を遂げているらしい。
まだあれから二年も経っていないというのに、だ。
「ルーク……っ! てめぇは何でまだくたばってやがらねぇんだよ……っ!
忌々しげに荒野のある北方を睨みつけながら、ラウルは叫ぶ。
そうしてついに彼は決断するのだった。
「……兵を出す」
「なっ……し、しかし、相手は兄君のルーク様……今はアルベイル家にとって大事な時期ですし、ご兄弟で争うなど……」
慌てて諫めようとする家臣だったが、ラウルは聞く耳を持たなかった。
「黙れ! 奴は追放の腹いせに荒野で密かに兵力を集め、このアルベイル家に反旗を翻そうとしていやがるんだ! これを捨ておくわけにはいかねぇだろう!」
大義名分をでっち上げ、出兵の準備を命じるラウル。
しかもその兵数が、家臣たちを驚かせた。
「五千だ! 五千の兵を揃えろ! もちろん俺が率いる!」
「ご、五千っ!?」
現在アルベイル軍は、その半数以上が侵略地である旧シュネガー領に駐在している。
しかも大きな戦争が終わった直後とあって、兵を集めるのはなかなか難しい状況だった。
「し、しかし、相手は人口がせいぜい一万の都市……兵数は千でも十分過ぎるほどかと……」
「つべこべ言わずにとっとと準備しやがれ! ぶち殺すぞ!」
「は、はぃぃぃっ!」
半月後、家臣たちの寝ずの働きによって、どうにか五千の兵を揃えたラウルは、自ら軍を率いて領都を出発した。
まず向かったのは、北郡の代官が駐在している都市リーゼンだ。
ちょうど荒野の街に至る途中に位置しており、食糧の調達や兵たちの休息などもその目的だったが、無論それだけではない。
「代官ダントは反逆者ルークに与し、虚偽の報告を行った大罪人だ! 必ず引っ捕らえて俺のところへ連れてこい!」
ラウルの命令を受けて、兵士たちが都市内へと雪崩れ込んでいく。
場合によってはここで一戦交える覚悟もあったが、この兵数を見て怖気づいたのか、城門はあっさり解放されていた。
だが代官の屋敷に押し入ったところで、彼らは異変に気づく。
「……もぬけの殻だぞ?」
「人っ子一人見当たらないが……」
どうやら兵の接近を事前に察知し、一族もろとも都市と屋敷を捨てて逃げ出していたらしい。
「お、恐らく、荒野の街に逃げ込んだのかと……」
「はっ、ここで大人しく捕まっておけば、重罪にしてもまだマシだったものを」
もちろん死刑は免れないが、その方法は比較的軽いもので済んだかもしれない。
処刑も代官のみで許された可能性もある。
だが一族そろって逃走した以上、もはや穏便に済まされることはない。
「奴の側に付きやがったこと、末代まで後悔させてやる……っ!」
◇ ◇ ◇
「っ……」
「どうされましたか、ダント様?」
「い、いや、少し背中がぞくりとして……」
そう言えば、ちょうどラウル様がリーゼンに辿り着いた頃だろうか……。
裏切り者の私への怒りを爆発させているところかもしれない。
私は一族を連れ、ルーク様の治めるこの荒野の村へと逃げ込んでいた。
ラウル様が軍を率いて北進していることを知ったためだ。
「しかし、本当によかったのですか……? もしこの村が落とされるようなことがあれば、ダント様はもちろん、ご家族まで……」
「……覚悟はできている。いや、それよりも私は信じているのだ。ルーク様と、この村のことを……」
報告によれば、ラウル様が率いる兵数は、なんと五千にも上るという。
この村の人口がせいぜい一万であることを考えれば、幾ら防衛戦とはいえ、あまりにも分が悪すぎるだろう。
「それでも、私にはルーク様がこんなところで敗れるようなお方だとは思えない。いつも我々の予想を易々と超えていかれたルーク様ならば、きっとこの逆境も軽々と超えていかれるのではないか? そう思えて仕方ないのだ」
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