第283話 釣り上げるしかないかな

 クラーケンを軽く凌駕する全長を誇り、その身体は水中を泳ぐのに最適な美しい流線型。

 口腔に並ぶ太くて鋭い牙を見れば、クラーケンを食い千切ってしまうのも頷ける。


「なんて大きな魚なのっ!?」

「あれはたぶん、サメの魔物だよ!」

「サメ……?」


 内陸で生まれ育ったみんなは、サメのことを知らないみたいだ。

 現地のおじさんが叫ぶ。


「デビルシャークとか、ブラッドシャークとか、サメの魔物は何種類かいるが、あんなデカいのは見たことねぇぞ!? 一番大きなジャイアントシャークですら、あの半分以下だ!」


 ザバアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 海中から猛烈な勢いで飛び出してきたそれは、しばらく宙を舞い、盛大な水飛沫を撒き散らしながら、再び海の中へと戻っていった。

 その際に起こった波が、この公園の半ばまで押し寄せてくる。


 見ると、クラーケンの残骸が消えていた。

 どうやらこれを回収しにきたらしい。


「ちゃんと残さず食べるなんて偉いね。って、言ってる場合じゃない。たぶん、今の魔物のせいだろうね。クラーケンが陸に近い海に出没するようになっちゃったのは」


 棲息地をあの巨大サメに荒らされ、それで陸の方へ逃げてきたのだろう。


「ということは、根本的に解決するには、あのサメを倒さなくちゃいけないってこと?」


 セレンが神妙な顔で頷く。


「さ、さすがにそんなこと、できるわけがねぇよ……」


 おじさんが顔を青くしながら呻いた。


「だが、あいつがいなくならない限り、俺たちはまともに漁もできねぇ……一体、どうやって生活していけばいいってんだよ……」


 あのサメ、クラーケンが好物っぽいし、きっとクラーケンを喰いつくすまでは、この海域に居座り続けると思う。

 その間ずっと漁ができないとあっては、食べていくことができないだろう。


「そうねぇ……クラーケンならまだしも、さすがにあのサメと海中でやり合うのはアタシでも厳しいわぁ」


 ゴリちゃんが申し訳なさそうに言う。

 ……普通はクラーケンと海でやり合ったりもしないけどね。


「かといって、あれを釣り上げるのは難しいわよねぇ……村長ちゃんの影武者も一瞬で丸呑みされちゃうわ」


 まぁ丸呑みされても大丈夫だけどね。

 その状態で瞬間移動すれば、陸の上に釣り上げることもできなくないはずだ。


「「「……」」」


 そんなわけで、クラーケンのときと同様、海に影武者を浮かべてみたのだけれど、恨めしそうな目をされるだけで、幾ら待っても一向にサメが引っかからない。


「うーん、どうやら人間は好物じゃないみたいだね」


 それなら冷蔵倉庫に保管しておいたクラーケンを使うことにしよう。

 食べられないし、海に捨ててしまおうかとも思ったけれど、念のため置いておいてよかった。


 影武者の身体にクラーケンを巻きつけ、再び海に浮かべようとしたときだった。


「ちょっと、ルーク! いい加減にしなさいよ! 可哀想でしょ!」

「え?」


 いきなりセレンに叱られ、面食らう。


「幾ら影武者だからって、さすがにそんな扱いは酷いわよ」

「で、でも、影武者は別に死んだりしないよ……?」

「そういう問題じゃないのよ!」

「これに関してはわたくしも小娘と同意見です。ルーク様と同じ姿をされた影武者が、サメに呑み込まれる姿は見たくありません」

「そうねぇ。なまじ完全に同じ姿なだけに、とっても胸が痛んじゃうわん」


 ミリアにゴリちゃんまで。

 さらに他の村人たちも口々に同じ主張をしてきた。


 ちなみにおじさんは一人、頭を抱えて、


「そもそもなぜ同じ姿の人間が何人もいるんだ……? やはり俺は夢を見ているのでは……」


 結局、反対意見多数により、影武者を餌にする作戦は使えなくなってしまったのだった。


「かといって、あのサメを放っておくわけにもいかないし……」


 何か他にいい案がないか考えてみることに。

 そうしてしばらく頭を悩ませた僕は、あるアイデアを思い付いたのだった。


「じゃあ……本当に釣竿を作って、それで釣り上げるしかないかな」

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