第234話 本当に出られた

「あたしはララだ」

「よろしくね、ララお姉ちゃん」


 その赤毛の獣人少女はララと名乗った。

 まだ警戒しながらも、僕に続いて階段を降りてくる。


 彼女はつい先日、ここカイオン公爵の居城に連行されてきた獣人だった。

 ちょうどその様子を影武者が見ていて、僕に報告してきたのだ。


 それでちょっと気になって、影武者に意識を移す形でこうして接触してみたのである。


「……しかしどういうことだ? あたしら獣人族に会ってみたいなんて……」

「うん、お姉ちゃんたち、農作物をよく盗んだりしてるんだよね?」

「っ……それは確かに事実だっ……けど、それは元はと言えば、あたしらを作物の育たない北に追いやっちまった人族が悪い……っ!」


 地下道に声が響く。

 僕は諭すように言った。


「ええと、責めてるわけじゃないんだ。つまり、生きるために仕方なく、ってことだよね」

「……あ、ああ」


 予想外に理解を示されたからか、ララさんは戸惑ったように頷く。


「交渉して、例えば物々交換とかはできなかったの?」

「それは……恐らく人族が応じないはずだ。奴らはあたしたちを蛇蝎のように嫌ってる」

「そうなの?」

「……昔、獣人族が総力を挙げて、人族の領地に攻め入ったことがあるらしいんだ。結局その後また北に追いやられてしまったわけだけど……そのとき大勢を獣人に殺された恨みは、今も忘れてないって聞いている」

「なるほど……」

「けど、それは人族だって同じだ! 過去には獣人狩りなんて悍ましいことが行われていたって話じゃないか!」


 とまぁ、こんな感じで人族と獣人族はあまり仲がよろしくないらしい。


「い、いや、子供に言っても仕方ないな……怒鳴ってしまってごめん」


 ララさんは我に返って謝ってくる。


「まぁでも、とりあえず作物を自力で作れるようになれば、わざわざ略奪なんてしなくても済むってことだよね」

「それはそうだけど、土地が痩せていてロクなものが育たないんだよ」


 僕の村がある荒野と似たような感じなのかな。

 緯度的にもかなり近い位置にあるし。


「ほら、この階段を上れば外だよ」

「……本当に出られた」


 そんなことを話している内に、僕たちは地上に出てきた。


 振り返ると領都の城壁が見える。

 領主の居城からずっと地下を通り、警備のいない街の外までやってきたのである。


 もちろん逃げたのがバレないよう、すべて消去しておく。


「それじゃあ、お姉ちゃんの村まで案内してくれる?」

「本当に付いてくるつもりなのか? ここからだとまだまだ先だぞ? あたしだけならまだしも、人族の少女の足じゃ、どれだけかかることか……」

「大丈夫。凄く速く移動できる道を作るから」

「……?」


 僕は前方に道路を伸ばしていった。


〈道路:石畳の道路。疲労軽減、移動速度アップ〉


「なっ……何だっ!? いきなり道が……」

「ここを進むんだ。ほら」

「あ、歩いているだけなのに、何て速さだ!? ちょっ、待ってくれ――うわっ!?」


 慌てて追いかけてきたララさんは、前のめりに倒れそうになってしまう。


「ほらね、速いでしょ?」

「何なんだよ、これは!?」


 そんなこんなで道路を進むこと数時間。

 僕たちは公爵領を出て、獣人たちが暮らすという最北の大地へとやってきた。


 僕の村がある荒野ほどじゃないけれど、確かに草木があまり生えていなくて、なかなか生きていくには厳しい土地のようだ。

 しかももう雪が降り始めているらしく、すでに薄っすらと雪化粧している。


「あっちだ」

「あっちね」


 ララさんが示す方向に道路を伸ばし、さらに北へ。

 やがて前方に集落らしきものが見えてきた。


「まさかこんなに早く着くなんて……あたし一人が全力で走っても、もっとかかったはず……」

「あれがお姉ちゃんの村?」

「ああ。今はあそこを拠点にして暮らしている」

「今は?」

「あたしたちはあまり定住しないんだ。どうせ作物なんて育たないからな。そして、これなら人族の報復にも強い」

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