第122話 利害の一致だよ

「え? 何の話?」

「……え?」


 なぜか首を傾げたルークに、ラウルはきょとんとしてしまう。


「いやー、助かったよ! ラウルのお陰で、何とかツリードラゴンを撃退できたよ! ラウルは攻撃を喰らって気を失っちゃってたみたいだけどね!」

「……お、おい、何を言ってんだ……?」


 盛大にとぼけられて、ラウルは混乱する。


「あれ? 魔境からツリードラゴンが現れて、そのために軍を率いて撃退しにきたんでしょ? もしかして頭でも打っちゃった?」

「……っ!」


 ルークの意図にようやく気づいたラウルは唖然としてしまった。


 まさか、今回のことを全部あの魔物のせいにして、手打ちにしてしまおうってのかよ……?


「てめぇっ……どこまで俺を馬鹿にしたら気が済む……っ!?」

「馬鹿になんかしてないけど? むしろこれは利害の一致だよ」

「……利害の一致、だと?」

「うん。言ったでしょ? 僕は別にアルベイル家を継ぐ気なんてないし、この村で静かに暮らせればそれで満足だってさ」

「っ……」


 何の曇りもない目でそう言ってのけるルークに、ラウルにもようやくこれが相手の本心なのだと分かってきた。


「だから何もなかったことにして、領都に帰ってもらいたいんだ。もちろん、父上には内緒にしてさ。それなら君はこれまで通り、アルベイル家の次期当主。僕はただの荒野の村の村長のまま。ほらね、利害は一致してるでしょ?」


 五千もの兵を率いて手痛い敗北を喫したラウルからすれば、これ以上ない申し出だった。

 だが彼のプライドが、すんなりと頷くことを拒否してしまう。


「たった一年かそこらで、てめぇはこんな荒野にこれだけの街を築きやがったんだ! その気になればアルベイルどころか、この国の……いや、世界の支配者になることだってできるかもしれねぇ! なのにてめぇは、こんな荒野で満足するってのかよっ?」

「そうだけど?」

「ちっ……てめぇは……何でそんなんなんだよ……」


 舌打ちの後、呆れたようにラウルは息を吐く。

 兄弟ながら価値観があまりにもかけ離れ過ぎていて、ラウルにはまったく理解することができなかった。


 これでは、ずっと対抗心を燃やしてきた自分が馬鹿みたいではないか。

 怒りすらも萎んでいくのを感じていると、まるでそれを悟ったかのように、ルークが鉄格子をスライドさせ、出入りができるようにしていた。


「何の真似だ……っ?」

「あれ? 交渉成立だよね?」

「……ちっ」


 ラウルは苛立ちながらも独房から出た。

 剣を持っていないが、相手がルークなら殴り殺すことくらい可能だろう。


 だが毒気が抜かれてしまったのか、もはやそんな気は起らなかった。

 ルークはまるでそれを理解しているようかのように、無防備に立っている。


「うんうん、思ってたより元気そうだね。それなら大丈夫そう」

「はっ、ちょっと気絶してただけだ」

「ちょっとって……あれから三日も経ってるんだけど?」

「三日!? 俺は三日も寝てたのか……?」

「うん。怪我の方はすぐ治療したんだけど、全然目を覚まさなくって」


 道理で腹が空いていたわけだと納得しつつ、三日となるとすでに軍は自然解体し、兵士たちも大半が帰還しているはずだと推測する。

 自分を含め、主要人物だけが牢屋に捕らえられていたのだろう。


「まだみんないるよ? 五千人くらい」

「は?」







 街は活気に溢れていた。

 幾つもの商店が軒を連ね、人々が賑やかに行き交っている。


「たった一年でこれだけの街を……」


 ラウルは唖然とするしかない。

 何もなかったはずの不毛の荒野に、僅か一年で人口一万を超える街を築き上げるなど、ルークを追い出したときには想像すらできなかった。


「迷宮産ミノタウロス肉の串焼きだよー」

「こっちは魔境産のオーク肉で作った豚まんだ!」


 香ばしいにおいが漂ってきたかと思うと、信じられない呼び込みの声が聞こえてきた。


「お、おい、まさかここじゃ、ミノタウロスやオークの肉が普通に売られてんのか?」

「うん、そうだよ」

「……」


 先ほど食べた肉の味が蘇ってきて、思わず屋台の方へと足を向けそうになったラウルだが、どうにか堪えた。


 そうしてルークに連れて行かれた先にあったのは、圧倒されるほどの巨大な建物群だった。


「何だ、これは……?」

「マンションっていう集合住宅だよ。君の兵たちはひとまずここで預かってる」

「預かってるって……五千の兵だぞ……犬猫を預かるみたいなテンションで言うんじゃねぇよ……」

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