第337話 どこかで聞いたことあるような

「ああ、なんと荘厳で神聖な空間なのぢゃ……。これほどの神殿を、一瞬にして作り上げてしまわれたとは……」


 見目麗しき異国の女性が、思わず感嘆の声を漏らす。


 そこは荒野の村の大聖堂。

 今や各地から大勢の参拝客が訪れ、村の重要施設の一つとなっている場所である。


 しかし彼女はただの普通の参拝客ではない。


 彼女はキョウの国を治めるメイセイ神皇、その人だった。

 国民の前にも一切姿を見せることがない彼女だが、お忍びで国を離れ、魔境の山脈の向こう側にあるこの村にやってきたのである。


 以前であれば、そんな危険な真似など絶対に不可能だった。

 だが現在は、キョウの中心地から、地下を通る鉄道を使うことで、短時間で、しかも安全に、この村を訪れることができるのだ。


「この神殿だけではない。そもそもこのような荒野に、たった数年でこれほどの都市を築いてしまうとは……これが救世主のお力でなければ、何だというのぢゃ。やはりルーク様は、この世界に顕現されたミローク菩薩に違いあるまい」


 そう改めて確信した彼女は、涙を流しながら誓うのだった。


「こうして同時代に生まれ落ちるなど、これほどの僥倖は他にあるまい。朕は生涯をかけてあのお方に仕え、その手足として生きるのぢゃ」



   ◇ ◇ ◇



 キョウの国からこの村へとやってくる人が急に増えた。

 エドウのサムライのような武者修行のためでも、オオサクの商人たちのような商売のためでもない。


 彼らのお目当ては、どうやら大聖堂らしい。


〈大聖堂:信仰の中心となる聖なる施設。ここで真摯に祈りを捧げれば、様々な恩恵を受けられるかも?〉


 何千人という収容人数を誇るはずの大聖堂の前に、キョウから来た参拝客で行列ができてしまうほどだ。

 そのためアレイスラ大教会から派遣されてきた神官たちが、一日に何度も礼拝を行っている。


「でも、何でこんなに……? キョウの国って、別の宗教を信仰してるはずだよね?」


 宗教戦争が勃発したらどうしようと思っているのだけれど、不思議なことに参拝客の多くがガイさんのように頭を丸めた人たちなのだ。

 仏の教えの深い信奉者であるはずの彼らが、別の宗教の施設にやってくること自体、おかしなことだった。


「これからまだまだ増えそうだし、彼らのための宿泊施設を作った方がよさそうだね」


 そんなふうに考えていると、ふとあるものが目に入った。


「泣いてる……?」


 きっと参拝客の一人だろう。

 まだ十代半ばくらいの女性が、あまり見たことないレベルで涙を流していたのだ。


 見た目からして東方の人だと思うけど、何か嫌なことでもあったのかもしれない。

 さすがに放っておくわけにもいかず、僕は声をかけた。


「あの、大丈夫?」

「っ! る、ルーク様!?」


 こちらを振り返った瞬間、びっくりしたように目を見開く女性。


 ルーク、様?

 何でいきなり様付け……?


 それに面識がないはずなのに、なぜ僕がルークだと分かったのだろう?

 名前だけなら聞いていてもおかしくはないけど……。


「あれ? でも今の声、どこかで聞いたことあるような?」

「(まさか、いきなりルーク様に声をかけていただけるなんて……っ!)」

「もしかして会ったことある?」

「(ああっ、簾越しではなく、直接ルーク様の尊顔を拝めるなんて……っ! ぢゃが、それはすなわち朕の顔も見られておるということ……っ!)」

「ええと……だ、大丈夫? なんか、すごく顔が赤くなってるけど……」

「(ああああっ! は、恥ずかしいのぢゃ! 普段から簾越しに人と話してばかりぢゃから、こんなふうに面と向かって会話するだけでも緊張してしまうというのに、ましてや相手がいきなりルーク様など……っ!)」


 ……わたわたしているだけで、全然こちらの質問に答えてくれない。


「(変なやつと思われているかもしれぬっ! どどど、どうすればよいのぢゃあああっ!? こ、こうなったら……逃げるしかなぁぁぁいっ!)」

「あっ……行っちゃった」


 急に踵を返して、一目散に走っていってしまった。

 僕、何か変なこと言っちゃったかな……?


――――――――――――

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