第118話 村長のご意向である

「それではベルリットさん、後のことはよろしくお願いします」

「分かりました!」


 気を失った敵の大将を連れて、村の方へと戻っていく村長を見送る。

 あの大将はどうやら村長のご兄弟らしく、今回の戦いは貴族の跡目争いのようなものだったそうだ。


 その辺りの事情はよく知らないが、ともかく五千もの兵がこの村へ進軍してきていると聞いたときは肝を冷やした。

 一晩の間に城壁の迷路が築かれたことで、「あ、これは大丈夫なやつだ……」と勝利を確信したが。


 我らが村長は本当にとんでもないお方である。


 すでに戦いは終わり、敵兵はとっくに武器を捨てて降伏の意志を示していた。

 元より壊滅状態だった上に、大将までもがやられてしまったのだから当然のことだろう。


 私は声を張り上げた。


「ではこれより負傷者の治療を行う! 重傷の者を優先するゆえ、いたら教えてもらいたい!」

「お、俺たちまで治療してくれるのか……?」

「そうだ! それが村長のご意向である!」


 そもそも怪我をしているのはほとんど敵兵だけだ。

 味方は負傷者が出るたびにエルフたちが治療を施していたため、すでに負傷者はいない。


「え、エルフだ……初めて見た……」

「そんなことより早く怪我を見せてください。すぐに治しますから」


 エルフたちを中心に構成された治療チームが、負傷した敵兵を次々と治していく。

 それにしても彼らの回復魔法の性能には驚かされる。

 その美貌に見惚れているうちに治療が終わってしまうほどだった。


「五千の兵をあっさり撃破した上に、敵に対するこの慈悲……」

「しかもこんな街をあっという間に作ってしまわれるほどの手腕の持ち主ときた……」

「やっぱルーク様に次期当主になっていただきたいな……」


 敵兵からそんな声が聞こえてくる。

 はっはっは、ルーク村長の偉大さがようやく分かったか!


 しかし残念ながら村長は、領主になる気などないらしい。

 あんな戦いしかできないような男などより、村長の方が遥かに領主に相応しいし、きっと素晴らしい領地になるだろうに……。


 まぁ村長自身にその意思がなかったとしても、いずれは……


「だいたい治療は終わったようだな。それでは私に付いてくるように!」

「「「……?」」」


 首を傾げている兵士たちを案内し、村の方へと連れていく。

 そして村の一画に設けられたその場所で立ち止まる。


 そこにあったのは新築のマンション群だ。

 だがまだ誰も住んでいない。


 長旅と戦闘で疲労しているだろう彼らを慮り、兵士たちが宿泊できるようにと、村長がわざわざ新しく建設したのである。

 しかもちゃんと五千人が十分に寝泊まりできる規模だ。


「な、何だ、この巨大な建築物は……」

「まるで城壁……いや、それ以上では……?」


 すべて五階建てのマンションで、城壁よりも高い。

 それが三十棟以上もずらりと並んでいる様は壮観で、兵士たちが唖然としている。


 いずれまた人口が増えて必要になることも見越しているのだろうが、村を攻めてきた敵のためにこんな配慮ができるなんて、村長の心の広さには感服するしかない。


「諸君らもお疲れのことだろう。今日のところはこの建物で休んでくれ」


 そう説明しながら、私は内心でワクワクしていた。

 このマンションの快適さを知ったときの彼らの反応に。


「(たった一晩でも味わってしまえば、きっとこの村から離れたくなくなるだろう……ふっふっふ……)」



    ◇ ◇ ◇



 謎の建造物へと立ち入った兵士たちは驚愕していた。


「これ見ろよ! 水もお湯も簡単に出るぞ!?」

「いつでもお風呂に入れるってのは本当だったのか……?」

「各部屋にキッチンやトイレまで付いてるぞ!」

「このベッド、ふかふかでめちゃくちゃ気持ちいい……な……すうすう……」

「おい、寝るな! 今聞いたら食事が用意されてるんだってよ! 食えなくなるぞ!」


 一晩どころか、彼らは一瞬で虜になってしまっていた。

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