第100話 街じゃないわ
「そ、そんな……」
セリウスは困惑の極致にあった。
それもそのはず、共に戦場で活躍した頼れる仲間たちが、屋敷の庭のあちこちに死屍累々の有様で転がっているのだ。
「ぐ……せ、セリウス、様……」
「申し訳……」
「……む、無念……」
死んではいないようで呻き声が聞こえてきているが、それは相手に手加減をされたためだ。
当然、手加減ができるだけの戦力差があったということになる。
「な、なぜだ!? なぜお前たちが負ける!?」
あり得ない。
こんな荒野の、できたばかりの街の素人兵士たちに、バズラータ家の最強部隊が手も足も出ないなんて……。
しかもセリウスが姉のセレンと一騎打ちをしていた、ほんの数分の間に全滅したのだ。
目の前の戦いに集中していたセリウスには、一体何がどうなって自軍が敗北を喫したのかも、理解できていなかった。
「バレット! どういうことだ、これは!? なぜお前たちが負けた!?」
部隊の隊長を務めていた壮年の戦士バレットを問い詰めるセリウス。
「し、信じがたいことですが……奴らは恐らく、全員がギフト持ち……」
「何だって!? そんな馬鹿なことがあるか! こんなところじゃ、そもそも祝福すら受けられないはずだ! ましてや、これだけの人数がギフトを持つなんて……っ!」
セリウスの常識が、バレットの言葉を即座に否定する。
だがバレットが嘘を吐くような人間ではないこともよく知っていた。
セリウスはますます混乱するしかない。
そんなことなどお構いなしに、姉は平然とした態度で訊いてくる。
「それより、続ける? 久しぶりの姉弟の手合わせだし、決着つくまでやってもいいけれど」
「……っ!」
だいたい先ほどから一向に姉を倒せないのもおかしかった。
初陣を経て、一気に強くなったと自負していたセリウスだが、なぜかそれ以上に姉も強くなっているのだ。
正直言って、セリウスの方が劣勢である。
「どうして姉上が強くなっているんです!?」
「別にのうのうと暮らしてたわけじゃないもの。魔境に入ったりダンジョンに潜ったり。あと、毎日のように訓練に付き合ってるし」
「この街にはダンジョンまであるんですか!?」
「あ、一応ここは村よ? 街じゃないわ」
「こんな村があって堪るかああああっ!」
思わず敬語も忘れて叫ぶセリウス。
これではもはや姉と戦うことに何の意味もない。
セリウスは項垂れ、武器が地面に転がる。
「お疲れ様でーす。怪我人はこっちに! 治療するんで!」
戦いが終わったと見て、そんな指示を飛ばしたのはルークだ。
どうやら味方だけでなく、敵であるはずのセリウス一行も治療してくれるらしい。
「貴殿も怪我をしているな?」
「い、いや、これくらいは――」
姉の剣で切れたのだろう、右腕に微かな傷を負っていたが、これくらいはかすり傷だ。
治療の必要などないと首を振るセリウスだったが、声をかけてきた人物を見て思わず息を飲んでしまった。
「――っ!?」
そこにいたのは、信じがたいほど整った顔立ちの美女だったのである。
「別に気にする必要はない。我が一族には白魔法を使える者も多いからな。これくらい一瞬で治してしまえる」
よく見ると耳先が尖っていた。
エルフ族だ。
「あ、あ、あ……」
「……? どうした? もしかしてエルフを見るのは初めてか? なに、貴殿ら人族とそう変わるものではない。特にこの村では皆等しく暮らしている。……おっと、名乗るのが遅れたが、私はフィリアという。貴殿の姉のセレン殿には日頃から世話になっている」
貴族のような、どこか作り物の気品とはまた違う。
その立ち居振る舞いには自然な気高さが溢れ、神々しさすらも感じられた。
胸の動悸が止まらない。
顔が真っ赤になったセリウスの口からは、「あうあう」という赤子のような声しか出なかった。
「む? やたらと顔が赤いぞ? 大丈夫か?」
「~~~~っ!?」
セリウスの異変に気付いて、フィリアがぐっと顔を近づけてくる。
それが彼にトドメを刺した。
「……きゅう」
「お、おい!? しっかりしろ!」
この日、セリウスはエルフのお姉さんに恋をした。
『父上、申し訳ありません。しばらく帰れそうにありません。セリウス』
息子から送られてきた手紙には、簡潔にそう綴られていた。
「セリウスううううううううううううううっ!?」
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