第380話 早くご主人様と呼べええええっ

「ネクロマンサーなんて、どう考えても怪しいじゃない」

「あああ、怪しくなんかないですぅっ……ちょっとアンデッドが好きなだけで……けけけ、決して、人様に迷惑をかけるようなことなんて、したことないです……っ!」


 不信の目を向けるセレンに対して、クロマさんは懸命に訴える。

 僕は別の疑問をぶつけてみた。


「幾らネクロマンサーでも、一人でこんなところに入り込むなんて、随分と無謀なことするよね? 実際、捕まっちゃったわけだし」

「だだだ、だってぇ、リッチはアンデッドの王なんですよぉ!? 一度でいいから、ぜひ見てみたいじゃないですかぁっ!? もちろん、それを眷属にできるとなったら、これ以上ないですぅ……っ!」


 急にまくし立てるように喋り出すクロマさん。

 さらに息を荒くしながら懇願してくる。


「だだだ、だから、そのリッチを浄化しないで、わわわ、わたしに譲ってください……っ! どどど、どんな対価だって、お支払いしますからぁ……っ!」

「それなら一つ、条件があるよ」


 僕はある提案をした。


「この都市と周辺地域一帯が、そのリッチのせいでアンデッドの巣窟になっちゃってるからさ。それを人の住めるような状態に戻してもらえるかな?」


 アンデッドの溢れたこの地域から逃れ、各地で難民となっている人が多くいるという。

 彼らが戻ってくるためには、まずアンデッドを一掃しなければならない。


「リッチを倒したからと言って、今いるアンデッドが消え去るわけじゃないだろうからね。その片づけに協力してくれるなら、そのリッチを眷属にしてもいいよ」


 ネクロマンサーの力を借りられれば、早くこの地域を正常に戻すことができるはずだ。


「そそそ、それくらい、お安い御用ですぅ! リッチさえ眷属にできれば、他のアンデッドなんて、要らないですしぃ」


 というわけで交渉成立だ。

 今だに聖水のダメージで悶絶しているリッチに、クロマさんが近づいていく。


「せ、聖水で弱体化してるので、死霊術が、効きやすそうですぅ」


 と、そこでクロマさんの存在に気づいたリッチが、顔を歪めながら叫んだ。


「お、お前はっ……ネクロマンサーっ!?」

「どど、どうも……その節は、お世話になりましたぁ……」

「ひっ!? まさか、このあたくしを眷属にする気ですのっ!? ぜ、絶対に嫌ですわ……っ! 人間の眷属になるなんてっ……」

「し、心配しなくても、たっぷり可愛がって差し上げますからぁ……あなたがわたしにしてくれたみたいにぃ……」

「ひ、酷い目に遭わせたことは謝りますわっ! だ、だからっ……それだけはっ……」


 どうやらクロマさんはリッチに捕まっていた間、凄惨な扱いを受けていたらしい。


「い、い、色んなアンデッドに……何度も何度も何度も、犯されて……人間としての尊厳を、ズタズタにされちゃいましたぁ……」

「クロマさん……」

「あ、心配は要らないですぅ……わたし、ドⅯですからぁ……むしろ、未知の体験にコーフンしちゃいましたぁ……ふへへっ……」

「……さいですか」


 それからクロマさんの死霊術が発動。

 リッチが絶叫を上げたかと思うと、その腹部に紋章のようなものが刻まれていく。


「け、眷属化、成功しましたぁ……」


 力なく項垂れたリッチの髪を鷲掴みにしたクロマさんは、強引に顔を上げさせて、


「お、お前は今日から、わたしの眷属ですぅっ……ふへへっ……ほぉら、わたしのことを、ご主人様と呼んでみなさぁい?」

「くっ、屈辱ですのっ! こんな陰キャに支配されるなんてっ……」

「ご主人様と呼べっつってんだろうがあああああっ!」

「~~~~っ!?」


 いきなりクロマさんがリッチの頬を蹴り飛ばした。

 急にキャラが変わった!?


「く、クロマさん……?」

「わわわ、わたしが、アンデッドが好きな理由の一つはっ……こ、こうやって、自分の思い通りにできることなんですよぉっ! わたしはすごく人見知りなのでぇっ……い、生きた人間が相手を前にするとっ、何もできないんでけどぉ……あ、アンデッドなら死んでますしぃ? 死んでいる相手だったら、自分の素が出せるんですよぉっ! おいこらぁっ、早くご主人様と呼べええええっ!」


 やっぱりかなり危ない人のようだ。


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