第308話 偶然ではないのですぞ

「ルーク殿、驚くべきことが判明したのじゃっ!」


 その日、レオニヌスさんが慌てた様子で僕のところへやってきた。


 彼はフィリアさんのお父さんで、エルフたちの元族長だ。

 実は奥さんが何十年ぶりに妊娠し、もうすぐ生まれてくる頃だったりする。


「ええと? もしかして赤ちゃんの性別?」

「生まれる前に性別が分かるはずがありませぬぞ! ビヒモスの素材のことに決まっております!」

「ビヒモスの?」


 砂漠で倒した巨大なゾウの魔物、ビヒモス。

 その死体を村に持ち帰って、どうにか解体すると、臓器をエルフたちに渡しておいたのである。


 彼らエルフは、ポーションなどの薬を作り出すことに長けており、何かに活かせるのではないかと思ったからだ。


「利用する前に、どのような性質を持っているのか、詳しく調べておったのじゃが……その結果、信じがたい性質が分かったのですぞ」

「そ、それは一体どんな……?」

「詳しくは工房でお話ししますぞ!」


 というわけで、エルフたちのポーション工房へ。

〈工房:美術や工芸、鍛冶、服飾などに使える仕事場。アイデア力、器用さ、品質アップ〉


「ルーク殿、ご覧くだされ。これがビヒモスの臓器の一部ですじゃ」


 そう言って、実験用の台の上に置かれた肉片を示すレオニヌスさん。


「そしてこっちにもう一つ。実はこの二つの肉片は、元々隣り合う箇所にあったものなのじゃが、こうして近づけていくと……分かりますかな?」

「あっ……動いてる!?」


 レオニヌスさんが用意した二つの肉片。

 それを近づけてみると、なんと肉片同士がまるで磁石のように引き寄せられ始めたのだ。


「今は分かりやすく近づけてみたのじゃが、実は離れていても、少しずつ近づいていく性質を持っているようでして」

「ということは、放置していたらそのうち勝手にくっ付いちゃうってこと?」

「その通りですじゃ。いずれ各部位が融合して、元のベヒモスの姿に再生してしまうと考えられますぞ」


 バラバラに解体してしまえば、さすがに復活は難しいと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。

 なんて恐ろしい魔物なのだろう。


「分かったのはそれだけではないのですぞ」


 そして何を思ったか、レオニヌスさんはどこからともなく取り出したハンマーを振り上げると、肉片の一つへと振り下ろした。


 ぐしゃっ、と肉片が潰れる音がする。

 ハンマーをのけると、そこにはぺちゃんこになった肉片があった。


「こんな風にハンマーで潰した肉片も、ずっと置いておくと、少しずつ再生し、元の肉片に戻ってしまうのですじゃ。さらにこれに、ポーションを振りかけて、と」


 レオニヌスさんがエルフ印のポーションを肉片にかける。

 すると見る見るうちに、潰れた肉片が元通りになってしまった。


 これは通常、あり得ない現象だ。

 仮に死んだ魔物の素材を破壊し、それにポーションをかけたとしても、素材が元通りになるようなことはない。


 ポーションは、すでに死んでしまったものには効かないからだ。

 ましてや本体から分離した肉片のみを、再生させるなど不可能である。


「ということは、この肉片が、単体でも生きてるってこと……?」

「その通りですじゃ。しかし本当に面白いのは、ここからなのですぞ」

「えっ、まだ何かあるの?」


 今度はハンマーで潰すのではなく、片方の肉片を火で炙り、完全に燃やし尽くしてしまった。


「こうすると、たとえポーションをかけたところで……」


 炭となったそれに、レオニヌスさんがポーションをかける。

 すると先ほどと違って、肉片が元通りになることはなかった。


 どうやらここまですると、さすがに再生は難しいらしい。


「しかしじゃ、こっちの残った肉片。これにポーションをかけると」

「まさか……」


 残された肉片にポーションを注ぐと、ゆっくりと膨張していき、ちょうど二倍ほどの大きさになったところで、膨張が止まった。


「ご覧くだされ。ちょうど先ほどの肉片を二つ、ぴったり合わせたようなサイズになったでしょう? 実はこれ、偶然ではないのですぞ」

「もしかして、隣り合う肉片が失われたのを感知して、こっちの肉片がその分を再生させたってこと……?」

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