第169話 やり遂げてみせますわ

「ダリネア……お前にこの国の命運を託さねばならぬとは……無力な王である余を、どうか許してくれ……」

「お父様、ご心配なさらないでくださいまし。あたくしは必ず、やり遂げてみせますわ」


 これが父との今生の別れとなるかもしれない。

 それを知りながらも、ダリネアは気丈に振舞い、力強く誓った。


 王女として常に煌びやかな衣服でその身を着飾っていた彼女だが、今は見すぼらしい旅人の恰好をしていた。

 とはいえ、そこは絶世の美少女、やはりそのオーラを完全には隠し切れていない。


 これから隠密の旅をするのに、そんな美少女が一人では危険極まりないだろう。

 万一盗賊にでも捕まったとしたら、どんな目に遭うことか。


 だが大人数の護衛を付けるわけにもいかない。

 結果、お供を任されたのはたった一人の女戦士だった。


「マリーシャ、ダリネアのこと、くれぐれも頼むぞ」

「はっ、お任せくださいませ」


 マリーシャと呼ばれたその女戦士は、女ながら近衛兵に抜擢された確かな実力を持つ。

 加えて王家への忠誠心も高く、出自的にも問題がない、まさに打ってつけの人物だった。


「ダリネア殿下。ここからは正体を隠すため、我々は姉妹であるという設定でいきましょう。失礼ですが、敬語はやめさせていただきます。さすがに私が妹というのは無理がありますので」

「分かりましたわ、マリーシャ姉さま」

「念のため名前も変えましょう。私はリアとお呼びします」

「では、あたくしはリシャ姉さまとお呼びしますわ」

「……よし、では出発するぞ、リア」

「はい、リシャ姉さま」


 こうして密かに王宮を離れた王女ダリネアは、慣れない旅に悪戦苦闘しつつも文句ひとつ口にせず、粛々と北東へ北東へと進んでいく。

 北東――アルベイル領だ。


「明日にはいよいよアルベイル領ですわね、リシャ姉さま」


 自ら敵地へと乗り込むと言っても過言ではないこの蛮行に、覚悟を決めて王宮を発ったダリネアもさすがに緊張の面持ちを隠せない。

 もしアルベイル側に正体がバレてしまったら、ここまで旅をしてきた意味も、ダリオス王の計略も、すべてが水の泡となってしまうのだ。


「そう恐れる必要はないぞ、リア。アルベイル卿は今、旧シュネガー領にいる。しかもその意識は完全に王宮の方へ向いているだろう。灯台下暗しではないが、かえって敵の目には付き辛いはずだ」

「た、確かにそうですわね。……それにしても、本当にここにお父様が言う起死回生の方法があるのでしょうか?」

「詳しいことは私も知らされていないが……信じるしかない。まずはリーゼンという都市に行けば、きっとそれが何か分かるはず」


 そしてアルベイル領へと辿り着いた彼らは、さらにそこから大きく北上。

 やがてその都市が見えてきた。


「あれが都市リーゼン……なんと立派な城壁なのだ」

「ほ、本当ですわ。領都でもないというのに……さすがはアルベイルですわね」


 街の中へ入った二人は、さらに驚くこととなった。


「なんて綺麗な街ですの……」

「古い都市だと聞いていたのだが……?」


 建物も道路も、まるでつい最近作られたような真新しさなのだ。

 加えて、まったくゴミが落ちていない。


「王都でも街中を歩けば、ゴミや犬猫の死骸、それに糞尿があちこちに転がっているというのに……」

「道行く人々も清潔で、凄く健康的に見えますわ」

「見たところ身に付けている衣服は平凡なもの……あれで一般的な住民だというのか……?」


 それに街は活気に満ちていた。

 経済的に潤っているためか、王都では当たり前の浮浪者の姿もない。


「一体この街はどうなっているのだ?」

「もしアルベイル卿がこのような街を作っているのだとすれば、優れた領主と言えるのかもしれませんわね……」

「しかし、無類の戦好きという話は有名だが……領地経営にも長けているなどという話は聞いたことがないぞ……?」


 当惑しながらも、二人は指定された場所へと向かう。

 そこで彼女たちを待っていたのは――

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