第112話 絶対トラウマものですよ
一体何が起こったのか、ラウルにもすぐには理解できなかった。
先ほどまで何もない更地を走っていたはずだった。
なのにいつの間にか、乗っていた騎馬と一緒に水の中へ勢いよく落下していたのである。
「ぶはっ……み、水堀だとっ!?」
何らかの方法で、一見しただけでは分からないように細工されていたのかもしれない。
だが、振り返ったラウルは我が目を疑う。
水堀は彼の後方に、なんと百メートル以上にもわたって続いていたのである。
確かに先ほど馬とともにその場所を走ってきたというのに、だ。
突如として地面が水堀へと変化した。
そう考えなければ説明がつかない。
そしてそれを証明するかのように、後に続いていた五百の兵たちもそろって水の中に落ちていた。
幸い水深は大したことないようだ。
突然のことに完全に制御を失って暴れ回る馬を捨て、ラウルは泳いで水堀を進んでいく。
他の兵たちもそれに倣って泳ぎ始めた。
「ルークっ! 舐めた真似をしやがって……っ!」
ラウルが怒りに任せて叫んだ、次の瞬間だった。
今度は水が消失した。
「なっ……」
浮力を失い、兵たちがそろって地面に叩きつけられた。
ラウルは反射的に受け身を取ったが、多くの兵がその痛みと異常事態の連続にすぐには立ち上がることができなかった。
「どうなってんだよ……」
「もう嫌だ……」
「俺たちは一体、何を相手にしてるんだ……」
心が完全に折れてしまった兵もいる中、彼らに更なる悲劇が襲い掛かる。
堀の底で呻く彼らを狙い、四十人ほどの弓兵が弓を構えたのだ。
しかも一様に見目麗しく、ずらりと並んだ姿は絵になりそうなほど壮観だった。
「エルフ……?」
「なんでエルフが……」
「そんなことより矢が来るぞっ!? 伏せろ~~~~っ!!」
矢が放たれた。
狼狽えるラウル軍の兵士たちは、蓄積した心身の疲弊に、もはや迫りくる矢を前にして何ら有効な対処もできない。
たったの一射で三十人を超える負傷者が出た。
さらに間髪入れずに第二射が飛んでくる。
「走れっ! 強引に突破しろ……っ!」
兵たちを叱咤し、飛来する矢を剣で弾き飛ばしながら先頭を疾駆するラウル。
残った四百ほどの兵たちがその後を必死で追うが、堀の中から這い出すときには、すでに三百以下にまで割り込んでいた。
それでもまだ、敵よりは数が多い。
しかも残っているのは、先日の戦場でラウルとともに活躍した精鋭ばかりだ。
「はっ! これだけいれば十分だっ! 奴らをぶち殺――」
「オアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ラウルの声を掻き消すほどの凄まじい咆哮が轟く。
横合いからラウル軍へと突っ込んできたのは、蜥蜴のような流線型の巨体。
「ドラゴンだとぉっ!?」
◇ ◇ ◇
ラウル軍が城壁で作った迷路を突破し、ついに村まで辿り着いた。
五千いた兵は十分の一にまで減少しているけれど、このまま激突したら両軍ともにただでは済まないと思う。
というわけで、僕はさらに幾つかの罠を仕掛けることにした。
まずはあえて村の中に誘き寄せておいて、以前、盗賊団を相手にやったように敵軍の地面に水堀を作り出す。
「急に地面が消失するのって、めちゃくちゃ怖いんですよね……」
「あれ以来、たまに夢で見ちゃうんですが、その度に漏らしてます……」
その元盗賊たちが当時のことを思い出したのか、青い顔をしている。
ラウル軍は一人残らず見事に水堀へと落ちていった。
まぁ、こんなのやられたら絶対に不可避だよね。
前回はこの水をセレンが凍らせようとしたけど、今回は水量も多いし現実的じゃない。
その代わりに、混乱からどうにか抜け出した彼らが泳ぎ始めたところで、水をすべて消してあげることにした。
兵士たちが堀の底に叩きつけられる。
「うわっ、今のも絶対トラウマものですよ……」
「今後、川を横断したりするときにも思い出すでしょうね……」
……なんだか虐めているみたいで、ちょっと罪悪感を覚えてしまった。
でも、向こうから攻めてきたんだし、仕方ないよね。
そう自分に言い聞かせて、僕は容赦なく指示を出した。
「フィリアさん、動きが止まってる今のうちに!」
「了解だ!」
エルフの弓兵たちが前に出て、一斉に矢を放った。
「走れっ! 強引に突破しろ……っ!」
ラウルが兵たちを叱咤し、矢の雨の中、堀から飛び出してくる。
フィリアさんが放った矢すら剣で斬り飛ばしていて、『剣聖技』ギフトの凄さをまざまざと見せつけられた。
敵兵は残り三百。
かなり疲弊しているとはいえ、ラウルには勝算があるのだろう、勝ち誇ったように叫びながら突っ込んでくる。
「はっ! これだけいれば十分だっ! 奴らをぶち殺――」
「オアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
……その前にツリードラゴンと戦ってもらうことになるけど。
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