第358話 由々しき問題でありますぞ

「なんだと、貴様? もう一度言ってみるがよい」

「は、はひっ……ろ、ローダ王国の王都に攻め込もうとした我が軍ですが……て、撤退、いたしました……」


 クランゼール帝国・帝都の中心に立つ白亜の巨大宮殿。

 その最奥で、帝国軍の最高司令官を任された男が、厳しく問い詰められていた。


 問い詰めているのは、帝国のトップに君臨する絶対君主、皇帝スルダン=クランゼールである。


 しかしまだ若い。

 それもそのはず、先代の皇帝が亡くなり、帝位に就いたときには僅か七歳で、先日ようやく十歳になったばかりである。


「……撤退、しただと?」

「も、もちろんっ、戦略的なものでございますっ! 敵は大国として知られるローダ王国! その王都ともなると、さすがの防衛力でしてっ! 幸い兵の損耗は非常に軽微なものですから、すぐさま軍を立て直し、再び攻め入るまでそう時間はかからないかと……っ!」

「ううむ、なるほど。確かに王都というのは、守りが厳しいと聞いたことがあるぞ」

「その通りでございます! ですがいかに強固な守りであろうと、我が帝国軍にかかれば、勝利は確実であります!」


 必死に弁明する最高司令官の男。

 そもそも戦いのことなどよく理解していない若き皇帝は、それに素直に頷いたものの、彼のすぐ脇に控えていた別の男が口を挟んだ。


「しかし王都を攻めるのにあたって、巨人兵を四機、投入しておったはずだが? まさか、巨人兵が四機もいながら撤退したというのかの?」


 彼は皇帝をサポートするゼルス大臣だった。

 現皇帝の外戚、実母の兄にあたる人物であり、皇帝に代わって政務のすべてを担っている。


 実質的な帝国の最高権力者とも言える彼の問いかけに、指揮官の男の表情が分かりやすく変わった。


「そ、そうなります……」

「ほほう? 皇帝陛下、これは大変、由々しき問題でありますぞ」

「む、そうなのか?」


 ゼルス大臣に指摘されて、皇帝が首を傾ける。


「なにせ、巨人兵は我が国にとって最強の兵器なのです。投入した戦場では、連戦連勝の実績を誇ってまいりました。その強さは今や各地に知れ渡り、巨人兵を恐れる国や諸侯は戦わずして降伏し、占領地も反抗せずに大人しくしておるのですぞ。もしその巨人兵が敗れたなどという情報が広がったとしたら、どうなるか。当然、我らに歯向かってくる者たちが現れるでしょう」

「むむ! それは確かに由々しきことだな! おい、お前! なぜそんな失態を犯したのだ!」


 皇帝が急に声を荒らげた。


「も、申し訳ございません……っ!」


 最高司令官の男は、必死に頭を下げることしかできない。


 そもそもあまりにも理不尽な話だった。

 なにせ彼は最高司令官ではあるものの、現場で実際に軍を指揮しているわけではない。


 現場はあくまで各将軍たちに任せており、上がってきた報告を受けて、軍の全体的な方針を決定づけているだけだ。

 しかも皇帝からの無茶な命令のせいで、帝国軍は同時に幾つもの国に攻め込んでいるような状態である。


 本来ならば、戦力を分散させるのは悪手の中の悪手。

 お陰で戦力や糧食の分配など、必死に頭を悩ませなければならなかった。


 そんな最高司令官の男に代わり、ゼルス大臣が皇帝の問いに答える。


「陛下。巨人兵が負けることはあり得ません。もし敗北したとしても、巨人兵のせいではないはずです。すなわち、司令官が無能であるせいでしょう」


 大臣の言葉を受けて、皇帝はあっさりと告げた。


「うむ、では、死刑だな。余は無能が嫌いだ。そんな者、我が帝国には必要ない。おい、とっととこいつを連れていけ」

「こ、皇帝陛下!? お、お待ちくだされ! 私は実際に現場で軍を運用している立場ではありませんっ! 遠く離れた異国で戦う軍の状況に責任を取らされ、死刑など、あまりにも無慈悲……っ!」


 近衛兵たちに拘束されながらも、男は必死に訴える。

 だが、


「ゼルスよ。そろそろおやつの時間であるな!」

「左様ですな、皇帝陛下。今日は甘いチョコでございますぞ」

「やった! 早く食べたいぞ!」


 皇帝の関心はすでに完全に別のものへと移っていた。


「へ、陛下あああああああああああっ!? くっ! 陛下っ、その男にはっ、ゼルス大臣に騙されてはなりませぬ……っ! その男は、あなた様を思い通りに操り、この国を自分のものにしようと企んでおるのです! そのため私のような邪魔者を、こうして理不尽に排除しようとしている! どうかっ、どうか目を覚ましてくだされっ!」

「うるさいのう! 余のおやつタイムにギャアギャア騒ぐでない!」

「へ、陛下……」


 絶望の表情を浮かべる司令官の男は、皇帝の一喝により大人しくなると、素直に連行されていったのだった。


 ちなみにこのとき、司令官の男ですらも知らなかった。

 彼らが絶対の自信を有する巨人兵四機が、操縦士もろとも、すべて鹵獲されてしまったということを……。


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