第39話 対策会議

 プリモシュテン市のドラガンの元に三通の手紙が届けられた。

届けたのはマーリナ侯の執事で、かなり竜に無理をさせてやってきたらしく完全に息が切れている。


 三通の手紙のうち一通はザレシエからドラガン宛て。

もう一通はマーリナ侯からセイレーンの族長宛て。

最後の一通はマーリナ侯からヴァーレンダー公の家宰ロヴィー宛てである。


 ドラガンは自分宛ての手紙を読んですぐにプラマンタを呼び寄せた。

まず大急ぎでペンタロフォ地区へ行きセイレーンのアスプロポタモス族長に手紙を届けるように。

そしてそれが済んだらその足でアルシュタへ向かい家宰のロヴィーに手紙を届けるようにとお願いした。




 プラマンタが部屋を出ると、ドラガンはバルタとアルディノに会議室に来るようにお願いした。

それと軍事担当のムイノクも呼び寄せた。



 ドラガンは集まった三人にザレシエからの手紙を見せた。

最初宛先がドラガン宛てになっていた関係で三人とも見るのを躊躇していたが、重要な事が書いてあるから読んで欲しいと促した。


 最初に読んだバルタは絶句。

そのまま手紙をアルディノに手渡し頭を抱えた。


 次に読んだアルディノは、ムイノクに手紙を渡し脱力して椅子の背もたれにもたれ掛かった。


 最後に手紙を読んだムイノクはガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。


「ロハティンの船団がプリモシュテンに来る?」


 ムイノクは口をぽかんと開け放心してドラガンの顔を見ている。


「あくまでザレシエの予測としてね。そういう事があるかもしれないという話さ。だから迎撃準備をちゃんとしておいて欲しいって」


 ザレシエの手紙には、”恐らくロハティンの連中は、サモティノ地区に目を向けさせ、海路でマーリナ侯爵領のどこかの町を襲って焼き討ちにすると思う”と書かれている。


 目的は後方攪乱だろうから、戦場から近いサモティノ地区では心理的効果が薄いので、恐らく標的はマーリナ侯爵領のどこかになるだろう。

可能性として一番高いのは領府ジュヴァヴィであるが、向こうもドラガンがプリモシュテン市にいるという情報は得ているだろうから、プリモシュテン市に来る事も考えられると分析している。


「そんな事言われても、うちの街に軍船を相手するような大型船なんて一隻もありませんよ? となると上陸戦って事になってしまいます。そうなればやっと少しでき始めたこの街で市街戦が行われるという事に……」


 ムイノクはわざわざ指摘したのだが、そんな事はドラガンだけじゃなく、バルタもアルディノもわかっている。

わかった上でどういう手を打つべきかムイノクの見解に期待しているのである。


「今、プラマンタにアルシュタに向かってもらってる。だけど、アルシュタだってそう易々と艦隊を出せるわけじゃないだろうからね。うちの街だけで何とかしないといけないかもね」


 ムイノクはドラガンの言葉を噛みしめるようにじっくりと考えた。



 現在、軍船の戦闘というのは、ほぼ戦法が固まっている。


 まず武装させた海竜を手綱を目一杯伸ばして相手の船の海竜と戦わせる。

すると潮流の関係で二艘の船は自然と横付けされる形になる。

そこで鉤のついた板を相手の船に渡し、船員が乗り込んで白兵戦を挑む。

これだけである。


 船が大きくなれば渡船板に角度が付いて乗り込み難くなる。

更に大きくなって海竜二頭で引くようになれば、海竜同士の戦いで極めて有利になる。

大きな船ほど海上の戦いは有利なのである。


 だがそれはあくまで軍船対軍船の場合。

軍船を海上で迎撃できない場合、一方的に街に矢が放たれる事になる。

当然その矢の中には油壺や松明が括り付けられ、あっという間に街は火の海になる。


 その後は上陸からの虐殺、略奪、凌辱が待っている。

かつてビュルナ諸島が海賊の拠点だった頃、サモティノ地区、マロリタ侯爵領、マーリナ侯爵領ではよくそういう被害に遭っていたと聞く。



 海上での迎撃ができない場合、陸地側は敵が上陸するまでは耐えるしかない。

近付けば当然矢の餌食になるだけだからである。

つまり現状のプリモシュテン市の軍備では、軍船が攻めてきたという段階で街が火の海になる事はほぼ確定なのである。


「陸から船を迎撃できる画期的な何かがあれば良いのですがね……」


 ムイノクがそう呟くと、アルディノは例えばどんなと質問した。


「そうですね。例えば大きないしゆみで丸太のような矢を撃ちこむとか……」


 ムイノクが顔を引きつらせながら言うと、そんな矢をどうやって撃つんだとアルディノが笑い出した。

バルタももう少し真面目に考えてくれと笑い出した。


 するとドラガンは静かに椅子から立ち上がり、壁に掛けられている黒板に何やらさらさらと描き始めた。

その書いている途中で何か別の事も閃いたらしく、その絵も描いていく。


 あっという間に黒板に二種類の絵が描かれた。

一つはいわゆる弩を土台に固定したもの。

もう一つは四角い長い筒。


「巨大な弓で丸太とまではいかないけど、太い杭くらいなら撃ち出せると思う。弦が引けないって思ってるだろうけど、思い出してみて、造船所の滑車を」


 ドラガンが少し説明すると三人は絵に夢中になった。


 弓の強度はザレシエがよく使っている合成弓を参考にすればそれなりの強度の弓が作れるだろう。

問題は弦だが、普段はそれ用に苧麻らみという植物の繊維を編んだ物を使っている。

それを何本も編み込んで強度を増せば、それなりに太い杭を撃ち出す事ができるかもしれない。

滑車なら今造船所の工事が出来ず倉庫に在庫が余っている。

それを全部一時的に借りれば良い。

もしかしたらやれるかもしれない。


「すぐに関係者をかき集めます!」


 バルタが慌てて会議室から飛び出して行った。



「ところでパン、もう一つのこの筒みたいなんは何なん?」


 アルディノが興味深げに後で描いた方の絵を顎に手を当てながら見ている。

ムイノムも隣で首を傾げて、何だこれと呟いた。


「実はね、先日ゲデルレー兄弟のとこで面白い物を作って貰ったんだよ。鉄の針金を火で熱して丸い筒に巻いていくとね、ちょっとした玩具ができるんだよ。その上に板を乗せて、座ると板がお尻を押すんだよ」


 今、学校で子供たちが取り合いしている遊具である。


 参考にしたのは、かつてペティアがアルシュタで作った、サモティノ地区で子供たちの玩具として一般的な紙を折り重ねた玩具。

細長い紙を二つに裂き、それを縦横交互に折り重ねていく。

それを机に押さえつけ、指を離すとぴょんと跳ねる。

ただそれだけの玩具である。


 アルディノは、当然サモティノ地区の玩具については知っているし何度も作った事があるが、残念ながら子供たちの遊具については全く聞いた事が無いらしい。

現在身重のムイノクの妻のアンジェラは、同じく身重の奥さん連中から世間話を聞いている。

最近学校で話題の『パンの遊具』は奥さん連中でも話題となっている。

ムイノクは妻からその話を聞いているので一応知ってはいる。

だが、だからそれが何になるんだという感じである。


「だからね、その押し返す力を利用して杭が飛ばせないかなって」


 ムイノクは目を見開いてドラガンを見ると、学校に行ってきますと言って会議室を飛び出して行ってしまった。

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