第30話 エニサラ
鬱蒼とした森の中にぽっかりとした木々の隙間があり、そこから陽の光が漏れている。
焚火の火はとうに消えており、鳥たちのさえずりが心地よく鳴り響いている。
季節はそろそろ秋から冬に移ろうとしている。
朝晩はかなり冷え込んできており、正直言って野宿するような環境ではない。
とくに野営地に選んだのは沢のほとり。
ひと際冷える。
各人、毛布を一枚づつ用意してきている。
毛布にはボタンがいくつも取りつけられており、それを留めると袋状になる。
その毛布の袋に入り、その上に厚手の布を掛けて、荷物を枕に眠った。
だが、冒険者の二人以外は、野営の経験が乏しい。
興奮して中々寝付けないでいた。
そこでアリサが鞄からアブサンを取り出した。
イリーナから貰ってきた疲労回復に効果のある代物らしい。
それを沢の水で割り、根菜の皮を炙ったものに塩をまぶした肴を摘まんだ。
少し酒が入ると、冒険者の二人以外は気絶したかのようにすぐに眠りに落ちた。
朝、昨晩の残りもので軽く朝食を済ませると、また六人は歩きだした。
六人という人数は冒険者の一団としては平均的な人数で、それなりの進行速度が確保でき、それでいて危機に対処しやすい均衡のとれた人数である。
途中、休憩を何度も挟みキジやカモなどを見ては狩りをした。
大バッタや大ミミズ、毒ガエルなどの危険生物の襲撃を何度も受けたが、二人の冒険者の腕前は大したもので、その都度無傷で討伐していった。
特にエニサラの鞭の腕前は素晴らしく、危険生物の弱点を的確に鞭で引き裂いている。
六人といえど、ドラガン、アリサ、コウトはほぼ戦力外。
ザレシエは戦力になっているものの、やはりそこは本職ではなく、文字通り援護射撃程度であった。
夕方、その日の食事の話題はエニサラのことであった。
正直言って、エニサラは冒険者になるような娘には見えない。
性格もおっとりしているし、話していて頭の出来も悪くは無さそう。
ドラガンと楽しく話しているが、他の三人のように『信仰』しているような感じではない。
――アンドレーア・エニサラは十七歳で、ドラガンの一歳上である。
ベアトリス・プラジェニとは同級生で、幼少期からかなり親しい友人付き合いをしていた。
学校を卒業し、ベアトリスは家業の農家になった。
エニサラも家業に従事しようと思っていた。
だが両親から、もう間に合っていると身も蓋もないことを言われてしまったのだった。
エニサラ家は養蜂を営んでいる。
エルフとしては相当な子沢山で、三男四女、計七人の子がいた。
次兄が風土病で夭折してしまったものの六人は健在で、エニサラは六番目の四女。
母親はエニサラに家事を仕込み、早々に嫁に出そうと考えていた。
ところがエニサラは、炊事にも裁縫にもまるで才能が無い。
人並か若干劣るという感じで、およそ稼業にできそうな感じではない。
一番下の妹ということで兄にも姉たちにも可愛がられ、弟と外で遊んでばかりだった。
学校は卒業したものの、そこまで勉強もできたわけではなく、当時は人間とエルフの仲もあまり良くは無く、宿屋、酒場、食事処といった職には就けなかった。
結局、最後の行先として万事屋に就職することになった。
だが残念ながらエニサラは、そこまで運動ができる方でも無かった。
剣技を学んでみたものの、実用に耐えられるほどには上達しない。
弓も練習してみたが、これもそこまで上達はしなかった。
万事屋の主人はエニサラに、冒険者は難しそうだから受付嬢をやりなさいと言った。
冒険者にもなれなかったと、エニサラは泣き出しそうな顔でベアトリスに相談した。
そんなエニサラにベアトリスは、アンドレーアちゃんは昔から蔓を使って高いところの果物を叩き落とすのが上手だったよねと言って笑った。
そこからエニサラは、毎日のように蔓を振って的に当てる練習をした。
それを見ていた万事屋の主人から、これを使ってみろと言って渡されたのが、今使っている軟鞭である。
鞭の先に二枚の刀が付いていて殺傷能力を高めている。
柄の先の鞘を外すと仕込み刀が付いていて、一応接近戦もやれるようにはなっているが、正直心得が無く上手く使える自信は無い。
そこからエニサラは、危険生物の討伐で抜群の活躍をするようになった。
徐々に冒険者としてやっていけるという自信も付いた。
そんな折、親友だったベアトリスがドラガンを拾って来た。
エニサラも村の噂でその事を聞いた。
それからというもの、ベアトリスは会うたびにドラガンの話をして、実に楽しそうであった。
だが、ある日ベアトリスは、ドラガンが村を出ていってしまうと泣きながらエニサラに言った。
もう会えないかもしれない。
きっとまた、あいつらに追われる生活が待っているんだと言ってわんわん泣いた。
「大丈夫や、ベアトリスちゃん。私が、あなたの大切な人を守ってあげるから」
エニサラはベアトリスの頭を撫でた。
「えっ? どういうこと?」
「今、首長さんがヴラドの侍従を探してるんよ。私もそれに付いてくことにするんや」
「そんな……アンドレーアちゃんまで死んでまうよ?」
エニサラはベアトリスの頭を優しく撫で、にこりと微笑んだ。
「私は死なへんよ。この鞭があるもん。でも、ベアトリスちゃんとは暫く会えへんくなっちゃうね」
「それは生きててくれたら、いつかは再会できるやろうけど……」
ベアトリスはエニサラから顔を反らし、何だか申し訳ないと呟いた。
エニサラは何言ってるのよとベアトリスの肩を抱き寄せた。
「私の溢れる色気で、ヴラドがメロメロになってもうたら、ごめんなさいね」
エニサラはベアトリスを元気づけるために冗談を飛ばし、ゲラゲラと笑い出した。
「それは、ちょっと困るかな……まあ、それは無いから良えか」
「それ、どういう意味やの?」
ベアトリスの視線は顔から徐々に下の方に移っていった。
「ようその体形で、そんなわけのわからんことが言えたもんやわ」
「ベアトリスちゃんよりは鍛えてるから! お腹もぽんぽこやないし、出るとこも出てるはずやけどね」
「どっこいと違うの?」
ベアトリスも笑い出しすっかり悲壮的な感じではなくなっていた。
その後急に真顔になり、真っ直ぐ座り直して、ドラガンをお願いと丁寧に頭を下げた――
エニサラは話が非常に上手で、五人は終始笑い転げている。
アリサもアブサンを吞みながら、昨晩一晩かけて燻したイノシシのベーコンを肴にゲラゲラ笑っている。
「何や聞きましたよアリサさん。えらい男前の人を追っかけてサモティノ地区に行くんですよね。私もアリサさん見習うて、サモティノ地区で良い男捕まえるんや」
エニサラは立ち上がって、拳を天に突きあげた。
「でもサモティノ地区って、エルフほとんどいないと思うよ?」
「別にエルフやなくても良いですよ。人間でも。寿命がちいと短いけど、再婚したら良いだけの話やし」
人間は年齢で容姿が変わるから色々な姿を楽しめて良いとエニサラは顔をほころばせた。
「サファグンは? サファグンも私たち人間と寿命はあんまり変わらいよ?」
「サファグンかあ……サファグンねえ。サファグンは、ちょっと無いかなあ……」
「何が違うのかわかんない……」
「ええ? 人間とサファグンじゃ、魅力が全然違いますよ!」
人間の目線で見れば、エルフもサファグンも、平均してどちらも美男美女という印象を受ける。
エルフはクールな感じ、サファグンはどこかミステリアスな印象である。
アリサはムイノクに違いがわかるか尋ねたのだが、ムイノクもさあと言って苦笑いした。
エニサラは不満顔をし、ザレシエもそう思うよねと同意を求めたのだが、ザレシエもさあと苦笑いした。
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