第31話 検問
旅は思った以上に順調だった。
深い森を行くせいか、ここまでロハティンからの追跡は無く、これといった怪我も負わず病気にもなっていない。
食事もしっかり取れているし、疲労の蓄積もそこまでではない。
楽しくおしゃべりしながら食事の時間を過ごし、喧嘩もせず、実に雰囲気も良かった。
一行はベルベシュティの森を抜けようとしていた。
森を出て北のサモティノ地区へ行くには三通りの道がある。
西から順に、西街道に出て街道を進んで向かう道、ランチョ村を通り抜ける道、ベルベシュティの森をさらに東に向かいオスノヴァ川から迂回する道。
危険度が最も高いのは間違いなくランチョ村経由だろう。
ランチョ村は、東のホドヴァティ村と並んで竜の一大生産拠点である。
『村』と付いているが、そこらの領府より人が住んでおり栄えている。
竜産協会の巨大な支部があり、下手するとドラガンの似顔絵が村中に貼られているかもしれない。
この道は論外だろう。
後は多少の危険を冒して西街道を行くか、安全だが道が整備されていないオスノヴァ川経由か。
六人の意見は二つに割れた。
ドラガンとアリサの意見も割れた。
アリサは西街道、ドラガンはオスノヴァ川だった。
アリサは、森を抜けた時点で危険度は高まるのだから、早急にサモティノ地区に入りたいという意見だった。
ドラガンは、街道警備隊に見つかったら大軍を派遣されるかもしれないという意見だった。
他の四人の意見もほぼ同じ感じで、ザレシエとエニサラは街道派、ムイノクとコウトがオスノヴァ川派だった。
オスノヴァ川からサモティノ地区へ向かう途中の領主であるオスノヴァ侯とマーリナ侯の旗色がわからないというザレシエの意見で、最終的に西街道に出ることになった。
翌朝早くに一行は西街道に出ることになった。
西府ロハティンから北、サモティノ地区までにもいくつか休憩所がある。
ただ、アバンハードからロハティンのように交通量が多いわけではないため、数も少なく規模も小さい。
行商隊がよく利用するそこそこ大きな休憩所は、ロハティンに近い順に『オボロンカ』『パホルブ』『コリンニャ』。
一行はマロリタ侯領の領府に近い『パホルブ』の休憩所を目指すことにした。
アリサは、大きな休憩所は街道警備隊に見つけられやすいじゃないかと反対したのだが、小さな休憩所は竜産協会のやつらが利用するから危険は変わらないというドラガンの意見でそう決まった。
これといった問題も無く、その日の夕方『パホルブ』の休憩所に到着した。
久々に湯浴みをし、ちゃんとした食事をとり、ゆっくりと布団で眠った。
翌朝、六人は軽く朝食を取り、日出と共に『パホルブ』の休憩所を発った。
休憩所を発ってすぐにエニサラが、受付の人の態度、変じゃなかったと言い出した。
何だかよそよそしく感じたとアリサも同調した。
気のせいかもしれないが、もしかしたら夜中に街道警備隊に報告されたかもしれないと、ザレシエも言い出した。
一行は最も危険と思われるランチョ村へ続く道との交差点に近づいていた。
さすがにここから暫くは西街道を行くのは危険と判断し、大きく西に逸れ海岸沿いを進むことになった。
しばらく海岸沿いを進み、海岸沿いの砂浜で野宿。
その後『コリンニャ』の休憩所近くで、再度、西街道に戻った。
コリンニャの休憩所に宿泊するか、それともこのまま野宿で海岸沿いを進むかで揉めた。
パホルブの休憩所の受付の態度から、海岸沿いで野宿が無難という意見でその場はまとまった。
だが、途中でエニサラが腹痛を訴えてしまい、コリンニャの休憩所で薬を貰おうということになった。
それまで青い顔をしていたエニサラだったが、薬をもらい風呂に入るとかなり楽になったようで、そのままぐっすりと眠った。
アリサも気丈にふるまっていたものの、疲労の蓄積はかなり限界に来ていた。
結局、極めて危険と承知しながら、倒れては元も子もないと、コリンニャの休憩所に二泊することになった。
三日目の朝、出立の準備を整え外に出ると街道警備隊が待ち受けていた。
休憩所を出る人を一人一人調べている。
どうしたものかと六人は顔を見合わせた。
逃げようとコウトはすぐに言ったのだが、ここで逃げたら自分たちは怪しいですと言ってるようなものだとザレシエは反対した。
結局、とっさに良い案は出ず一か八か押し通ろうということになった。
「おい、そこのお前! ちょっとこっちに来い!」
ムイノク、コウトと検問を抜けられたのだが、やはり三人目のドラガンが引っかかってしまった。
街道警備隊は乱暴にドラガンを引き立てると、棒で膝裏を叩き隊長の前に無理やり跪かせた。
「名前を言え!」
「い、イーホリ・ザバリーです」
別の隊員が宿帳を見ながら間違いありませんと報告した。
隊長はそれでもじろじろとドラガンを観察し続けた。
「ドラガン・カーリクとかなりまで同じ特徴がある。報告のあった身長よりかなり背が高いし、髪型も変えているが、髪や目の色、ほくろの位置など報告そのままだ」
すると別の隊員がアリサを捕まえ、髪を引っ張りドラガンの横に乱暴に跪かせた。
隊員が隊長に耳打ちすると、隊長はじろじろとアリサを観察した。
隊長は同じく名前を聞くと、疑わしい連れて行けと隊員に命じた。
僕たちが何をしたというんだとドラガンは抗議の声をあげた。
隊員がドラガンの腕に手をかけたところで、ザレシエがドラガンと隊長の間に立った。
ザレシエはドラガンの胸倉を掴むと思い切り殴りつけた。
「てめえ、またか!! その何とかいう奴にどんだけ似てるんか知らんけどよ! 毎回毎回、迷惑やねん!!」
「も、申し訳ありません……」
「それも、もう聞き飽きたわ!」
ザレシエは横たわったドラガンの腹を蹴り上げた。
ドラガンはお腹を抱え、嗚咽をあげながらのたうち回った。
「もう良えわ! どうせろくに戦闘でも役にたたへんのやし、このまま連れてかれて処刑されてまえや! 面倒くせえ!」
「それだけは、ご、ご勘弁ください……荷物運びも、炊事係も、何でもやりますので。僕の稼ぎが無いと母さんのお薬が……」
「知るかよ!!」
ザレシエはドラガンの頭を踏みつけ、ぐりぐりと靴を左右に動かした。
エニサラもアリサの頬を何度も引っぱたき、あんたもだよと凄んでいる。
じゃあ行こうぜとザレシエたちがその場を離れようとすると、ドラガンとアリサは、ムイノクとエニサラにしがみ付き、お願いですと懇願。
ムイノクとエニサラはそれを振り解こうとするのだが、ドラガンとアリサはなおもすがり付いた。
「お前がその何とかいう奴に似とるんが悪いやろ! 恨むならその人らを恨むんやで。うちらを恨むんやないぞ」
そんなとドラガンはポロポロと涙を流し、崩れ落ちた。
アリサは顔を覆って、これからどうしたら良いかと泣き続けている。
さすがに、その凄惨な光景に他の客たちも目を背けはじめた。
警備隊からもため息が漏れ始めた。
ドラガンもアリサも地面に横たわり、ぐったりとしている。
客たちの目は非常に冷たいものになっており、街道警備隊を責めるように見ている。
隊員の一人が隊長に何かを耳打ちする。
隊長は隊員を見て小さく頷いた。
「どうやら我々の勘違いだったようだ。凶悪犯を見たという報告があったものでな。こちらも少し警戒を強めていたのだ。どうも同様のことが何度かあったようだな。ご迷惑かけて申し訳なかった」
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