第18話 デミディウ

 ユローヴェ辺境伯は、ドラガンたちに秋の議会での話をし終えると、ドゥブノ辺境伯領で変わったことは無かったかと尋ねた。


 ポーレが税率の大幅引き上げを通告されたと言うと、ユローヴェ辺境伯は特大のため息をついた。

また振り出しに戻ってしまったのと、がっかりした口調で言った。


「先ほどの話で、ドゥブノ辺境伯の処分の話が途中から出なくなりましたが、結局どうなったんですか?」


 バルタが尋ねると、ユローヴェ辺境伯は棚上げだと即答だった。

それどころでは無くなったというのが正確だろうか。


「ヴァーレンダー公も、ああいう不確定要素を抱き込みたくないのだろうよ。そうなるとブラホダトネ公の勢力に組み込まれると思った方が良いかもしれんな」


 もういっその事うちの領内に越して来いとユローヴェ辺境伯は笑い出した。

揉めたら考えますとポーレが言うと、もう充分揉めてるだろとユローヴェ辺境伯はさらに笑った。



 その後ポーレは例の造船所の工房の絵をユローヴェ辺境伯に見せた。

その中の鉄の敷棒、滑車、車輪がドワーフの協力無くして実現不可ということがわかったと説明した。

もうすでにサファグンのヴラディチャスカ族長には話をしていて書状も書いてもらっている。

できればユローヴェ辺境伯からも書状をいただけると嬉しいとお願いした。


 そもそもこれは何だ?

ユローヴェ辺境伯は食い入るように絵を見ている。

今より少ない人数で竜無しで造船所を運用できるようになる仕組みだと説明すると、ユローヴェ辺境伯は目を輝かせた。


「これをエモーナ村だけでやるのか? 竜が必要無くなるという事は竜産協会に睨まれるという事だぞ? そこのところはわかってるのか?」


 一見、身の危険を案じているように見えるユローヴェ辺境伯であるが、顔は心配しているという表情ではない。

明らかに商人のそれであった。

隣に座っている家宰トロクンも、これは危険ですねなどと言いながらも顔をほころばせている。


「エモーナ村というよりポーレ造船所でやろうと思っています。他にも販路に心当たりがありますし。もしご協力いただけるようでしたら、ユローヴェ辺境伯領でも、それなりの値段で商売させていただきますが?」


 ポーレが行商のような口調で説明すると、ユローヴェ辺境伯は少し考え、まあ良いだろうと承諾してくれた。




 エモーナ村に戻ったポーレたちは、ドラガン、ザレシエ、バルタの四人で会議を行っていた。


 ポーレはセイレーンの二人に行って貰おうと言ったのだが、ある程度の人数を率いて行かないと危険かもしれないという意見が出た。

それだと冒険者を募って行くという事になる。

だが、それはそれで途中で街道警備隊にやられてしまうかもしれない。


 では海路を行ったらどうか、どっちにしても海路でないと商品が運べないのだから、海路運送の事前調査ができるだろうとバルタが提案。

確かに賛同はできるのだが、残念ながらエモーナ村には輸送船などという立派な船は無い。

作ろうとすれば相当な金がかかるし、牽引する竜も必要になる。


 八方塞がりという感じであった。

そこからムイノク、コウト、ホロデッツ、アルディノ、マチシェニ、イボットと連日会議の参加者を増やしていったのだが、なかなか良い案は出なかった。




 そんな中、エモーナ村を訪ねて来た人がいた。

マーリナ侯の家宰デミディウである。


 デミディウは主人同様それなりに高齢ではあるのだが、仕事柄なのか足腰が非常に丈夫で背筋もピンと伸びている。

頭髪は綺麗に無くなっており顎鬚も真っ白。

だが、歳のわりに若く見えるとういのが印象である。


 デミディウはポーレ宅に上がり、客間に通され、お茶を啜った。

年齢のせいだろうか、茶を啜る姿が実に様になっている。


 ポーレがドラガン、バルタと三人で客間に入ると、デミディウはドラガンに久々ですねと微笑みかけた。

突然押しかけて申し訳ないとデミディウは頭を下げ、懐から一通の手紙を差し出した。

まずはご一読いただきたいと促した。


 手紙はマーリナ侯からのもので、その内容は大きく二つ。

一つは造船所の工房の一件に自分たちも加えて欲しい。

もう一つは、オスノヴァ川に橋がかけられないか考えて欲しい。



「先日ユローヴェ辺境伯から執事が急報だと言って参りましてね。話を聞いた侯爵閣下が是非うちもとおっしゃいまして」


 あのお喋り辺境伯がとポーレが悪態をつくと、デミディウはほっほっほと笑い出した。

だが、ポーレの表情は苦いものから悪ガキのそれに変わった。


「構いませんよ。ただし一つ条件があります。条件というかお願いですね。船を一隻お借りしたい。それとその船がキシュベール地区に停泊できるように話をしていただきたい」


 ポーレの出した条件をデミディウは茶を啜りじっくりと考慮した。


「前者は何の問題もありません。問題は後者ですなあ。果たして両辺境伯が応じるかどうか……」


 それを聞いたバルタが眉をひそめた。


「ベレストック辺境伯はブラホダトネ公にべったりと聞きますが、ナザウィジフ辺境伯もダメなんですか? これは地区への商売の話ですから、もし中立なのでしたら交渉の余地があるように感じますが?」


 デミディウは、ふむうと唸った。

確かにかなり大規模な商売の話である。

銭が動けば税が入る。

中立向こう寄り程度であれば、こちら側に引っ張れるかもしれない。


「わかりました。明日にでも船を出しナザウィジフ辺境伯と交渉をしてみましょう」


 ならばとポーレたちの使者も同行させていただき、ついでにドワーフのティザセルメリ族長と交渉する事にした。

船はスラブータ侯爵領の港に停泊させてもらい、そこで竜車を借り、陸路西街道をキシュベール地区へ向かうという事で決まった。



 もう一つのオスノヴァ川へ橋を架ける件。

これについてデミディウから詳しい説明があった。

正直、ポーレとバルタからしたら良く知っている話ではあったのだが、ドラガンからしたら初めて聞く話であった。


 確かにオスノヴァ川にしてもソロク川にしても、何で今まで橋が架けられなかったのか不思議であった。

デミディウの話によると、これまで何度も橋は架けてきたのだそうだ。

だが、その都度流されてしまったのだとか。

石を積めば良いと考え橋脚を石で作ったが、これも豪雨による濁流で流されてしまっている。


 マーリナ侯としては、来年の春までに目途を立たせて貰いたいのだそうだ。

これから厳しい冬になる。

それを承知で言っている。

人足ならオスノヴァ侯だけでなくヴァーレンダー公も出すと言ってくれている。

ヴァーレンダー公は金も出すと言ってくれているので、金にも糸目は付けない。



 まずは実際に川を見て見ないと何ともとドラガンは言葉を濁した。

それをデミディウは無理やりに承諾と受け取った。

ありがとうと手を握ると、さっそくマーリナ侯に報告すると言って、その日のうちに帰って行った。

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