第17話 決意
その後、議会はグレムリンへの対処についての話題になった。
昨今、大陸中でグレムリンの目撃例を耳にする。
数日前もスラブータ侯の屋敷にグレムリンが忍び込み、寝込みを襲おうとしたという事があった。
グレムリンはこのキンメリア大陸のみにあらず、世界中で違法活動に従事しており、追放の対象となっている。
我が国ではこれまで目立った被害は無かったのだが、アルシュタの自然公園襲撃事件などを見ても、追放は必須だと思うがどうか。
後で判明したのだが、どうやら自然公園から誘拐された人物も何人かいるように見受けられる。
誘拐されたと思しき人物は全て年頃の女性と幼い子供。
今必死に行方を追っている。
その事件で二つ判明した事がある。
一つは、グレムリンが人身売買に関わっているという事、もう一つは子供を食べたという事。
アルシュタでも昔から、目を離した隙に赤子や子供が行方不明になったという事件が多数報告されている。
目撃例の中に『大きな蝙蝠が飛んでいた』という話があった。
今ならはっきりとわかる。
グレムリンの仕業であろう。
「たまたまアルシュタ周辺にグレムリンが住んでいただけなのではないのか?」
ブラホダトネ公が嘲笑うように言った。
それは違うとはっきりとヴァーレンダー公は言い切った。
一つ興味深い話がある。
それは先王崩御のみぎり、王城内で前エルフの族長が粛清された。
それを知らせようと一人のセイレーンをベルベシュティ地区に飛ばした時の事だった。
セイレーンは夜目が効かない。
その為、早朝一番で飛んでもらった。
そのセイレーンは速さには自信のあるセイレーンではあったが、ベルベシュティの森で何者かから矢を撃たれている。
アルシュタに戻ったそのセイレーンが報告したのは、羽の生えた
その時は猿鬼だと皆が理解した。
だが恐らくそのセイレーンが見たのは、グレムリンの集落だったのだろう。
「その森は……ホストメル侯爵領!」
ヴァーレンダー公の発言に出席者の多くが立ち上がった。
「大規模な捜索の必要性を感じるがどうであろう?」
ホストメル侯は壊れた玩具のように、虚ろな目で首を左右にし、知らないと呟き続けている。
「知らぬなら知らぬでも良い。ボヤルカ辺境伯、リュタリー辺境伯、スラブータ侯の三諸侯に兵を入れてもらい、徹底的に調べて貰おうじゃないか。何も無ければ潔白が証明できるのだから貴公には何ら不利益な事は無かろう?」
ホストメル侯は口をパクパクと開閉し反論の言葉を探している。
断ればクロだと言っているようなものである。
「陛下、ご裁可をいただけますか?」
もはや議会は完全にヴァーレンダー公の手に握られた。
国王レオニード三世はそう感じていた。
弟のブラホダトネ公の方をチラチラと見ながら返答を渋りささやかな抵抗をしている。
「もし、そなたの言うようにグレムリンの集落が見つかったら何とする?」
レオニード三世はヴァーレンダー公に問い掛けた。
「知れた事。危険生物は駆除するに限ります。別にホストメル侯をどうこうしようと言っているわけではないのです。何も考慮すべき事など無いように思えますが?」
あいわかった。
レオニード三世はヴァーレンダー公の要望に許可を出した。
その瞬間、ヴァーレンダー公は自分の勢力が国王たちの勢力を上回ったと確信した。
だがヴァーレンダー公はそれを顔に出さず、ご裁可に感謝すると言って着席した。
こうして秋の議会は閉会した。
その日の夜、ヴァーレンダー公の屋敷で食事会が行われた。
特にヴァーレンダー公が招集したというわけでも無いのだが、多くの貴族が集まって来た。
その中でヴァーレンダー公は、皆の賛同が得られてほっとしているという話をした。
こうして己が見聞きした話から、これだけの人物が正義と真実を求めて集ってくれた。
まだまだキマリア王国も捨てたものでは無いと言って笑い出した。
参加者も一様ににこやかな表情である。
だが次の一言に参加者は息を飲んだ。
「前半戦はこんなものだろう。本番は来年の春だ。春までに全てを明るみにし決着を付ける。我が『盟友』にもお越しいただく。我が『盟友』を虐げた者を全て打ち据えてくれん」
ヴァーレンダー公の熱意に皆が気圧されていると、一人の老人が拍手をした。
ヴァーレンダー公はその老人――マーリナ侯を見てふっと鼻で笑った。
マーリナ侯の拍手に導かれるように、オスノヴァ侯、ユローヴェ辺境伯、ボヤルカ辺境伯、リュタリー辺境伯と次々に拍手を始めた。
スラブータ侯、ゼレムリャ侯、ハイ辺境伯、レヤ辺境伯、ホルビン辺境伯、ブルシュティン辺境伯が釣られるように拍手をした。
ヴァーレンダー公は拍手を止めるように両手を広げた。
卓上の小鈴を鳴らし、参加者に酒を持ってこさせた。
こんな陽の高いうちから酒ですかとコロステン侯が笑い出した。
ハイ辺境伯、レヤ辺境伯も笑い出した。
「酒が無いと話せないし、諸君らも聞けないような話をこれからしようと思うのだ」
ヴァーレンダー公は真顔でコロステン侯に言った。
いよいよ例の話を公表なさるのですかとコロステン侯が言うと、ヴァーレンダー公は無言で頷いた。
一同は周辺の人物と顔を見合わせ騒然とした。
ゆっくりとルガフシーナ地区産の上物の葡萄酒を口にすると、ヴァーレンダー公は細く息を吐いた。
「皆、呑みながら聞いて欲しい。そして、今から聞く事は春までは諸君らの心の内に納めておいて欲しい」
そう言ってヴァーレンダー公は一同の顔を順に見ていった。
「私の叔父上でもある先王ユーリー二世、あの御方が崩御された後、エルフのドロバンツ族長が処刑されたのは皆も周知の事だと思う。その際、我が屋敷に宮殿警備隊の者が一人駆け込んできたのだ」
そこからヴァーレンダー公は、ユーリー二世の死の真相、ドロバンツ族長たちが五種族を束ねてブラホダトネ公を糾弾しようとしていた事、ロハティンではなく別の場所で市場を開こうとし粛清された事を順に話していった。
「あえて言う! レオニードは父殺しの大罪人だ! 国王弑逆の謀反人でもある。私はあの王を認めない! レオニードを廃位させ、レオニードの嫡男グレゴリーを王位に就けようと思う。その為に皆の協力をお願いしたいのだ」
改めてヴァーレンダー公から決意と今後の方針を聞かされ、皆、アルコールが一気に飛んだ。
無言は了承と受け取ると言われ、ボヤルカ辺境伯が立ち上がった。
「王位の件は恐らく誰も異論は無いと思います。で、肝心のヴァーレンダー公のお立場は?」
ヴァーレンダー公は無言で空を仰ぎ見た。
「そうだなあ。ご意見番かな?」
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