第16話 マクレシュ
竜産協会の件はしっかりと確認させてもらう、そうマーリナ侯がオラーネ侯に言った。
スラブータ侯も今の話は本当なのかとオラーネ侯を問い詰めた。
オラーネ侯は、証拠もなく好き勝手な事を言うなと一喝。
確かにケシは栽培しているし幻覚蜜蜂を養蜂し蜜を集めさせている。
それはあくまで竜の鎮痛剤や食欲不振に対する薬として利用する為で、それ以外に使用した事など一度も無い。
仮に外部に漏れているのだとしたら、それは職員たちによる横流しであり協会とは何の関係も無い。
単に今後の管理を徹底させるだけで済む話のはずである。
「ならば、年間の生産量がいかほどで、利用実績がいかほどなのかを示せば良かろう。それくらいならば問い合わせればすぐに出るであろう? ここは王の御前、嘘偽りが発覚すれば大罪だという事を忘れぬようにな」
マーリナ侯の要求にオラーネ侯は額から一筋の汗を垂らした。
麻薬の生産と使用実績を調査するのに時間が欲しい。
オラーネ侯がそう言った事で会議は一旦閉会となった。
その日の夜、ヴァーレンダー公は一人のトロルをスラブータ侯に派遣した。
今回ヴァーレンダー公は、家宰のロヴィーからの提案で幾人かのトロルを帯同している。
トロルたちは全員ヴァーレンダー公の護衛で、日中はヴァーレンダー公の屋敷で厳しい鍛錬に明け暮れている。
今回何かと危険が増えるだろうと、ロヴィーはそのトロルたちの師範をしている者も一緒に派遣してくれたのだった。
得物は戟。
体毛は白く髭が長い。
一見すると世捨て人のようにも見えるが、その両腕の筋肉ははち切れんばかり。
アテニツァの師ステファン・マクレシュである。
アテニツァが村に来てからマクレシュは変わった。
それまでは一人でいることを好んで弟子など取りたがらなかったのだが、アテニツァとクレニケが来てからは積極的に弟子を受け入れるようになった。
やはり一人の生活は寂しく張り合いが無かったのだろう。
そんなマクレシュをザレシエはこっそり宰相のロヴィーに推薦していた。
そこはさすがというかロヴィーはすぐにトロルの集落に出向いた。
表向きはドラガンたちを庇護してくれた礼を述べる為。
だがもう一つ用向きがあった。
それはマクレシュを師範代として雇用する事だった。
目の前でその武芸を見たザレシエの案であった。
マクレシュは渋ったのだがロヴィーの一言に心を動かされた。
「トロルたちを鍛えて要人警護で食えるようにしてやってはどうだろうか? 大陸中から需要が出ると思うのだが。『マクレシュ流武術』が後世に残る、そんな夢を抱いてみてはどうかな?」
もしその気があるなら道場を総督府の近くに建てるがどうか?
ドラガンたちがアルシュタを去った数日後、マクレシュは総督府へと向かったのだった。
待遇は部長待遇の親衛隊師範。
スラブータ侯セルヒーは、ここ数日で自分が騙されていたと確信したらしい。
正義感が強いと評判のマーリナ侯からドラガン・カーリクの話を聞いたのが、かなり大きかったらしい。
そのドラガン・カーリクを排除しようと躍起になっているブラホダトネ公たち。
粛清されたドロバンツ族長たちも、ドラガン・カーリクを守ろうとしてブラホダトネ公たちに対抗しようとしていたのだと知った。
祖父も同様だった。
若いセルヒー卿は、ボヤルカ辺境伯たちに向けていたのとは比較にならないほどの強い怒りをブラホダトネ公たちに向ける事になった。
そんなスラブータ侯の屋敷に一人のトロルが尋ねて来た。
トロルは非常に寡黙な人物で、無言でヴァーレンダー公からの手紙を渡した。
手紙には最も信頼のおける護衛を預けると書かれていた。
だがスラブータ侯にも親衛隊はいる。
当然のように親衛隊は反発した。
スラブータ侯は親衛隊長を数日間だけの事だからと宥めたのだった。
その次の日の夜、スラブータ侯の屋敷でちょっとした騒ぎがあった。
すでに就寝していたスラブータ侯は、何度も鳴り響く大きな物音に目を覚まし、何事かと寝室のドアを開けた。
するとそこには全身返り血を浴びたマクレシュが戟を片手に立ちはだかっていた。
床には体に大きな風穴の空いたグレムリンの遺体が六体。
さらにはグレムリンに襲われたと思しき親衛隊が三名。
スラブータ侯は驚きで声も出なかった。
そんなスラブータ侯に、マクレシュは髭の間からにっと白い歯を見せた。
「起ごしてすまったようでしたら申し訳ねがった」
スラブータ侯は顔を引きつらせ、小刻みに首を横に振り静かに戸を閉めた。
翌日、スラブータ侯はヴァーレンダー公の屋敷を訪ねた。
昨晩の襲撃の話をし、お借りした護衛が凄まじかったと興奮気味に報告した。
その上で、ブラホダトネ公たちには大いに失望したという話をした。
「一体誰なのでしょう。グレムリンを仕向けて暗殺を謀ってくるなんて」
スラブータ侯がそう疑問を投げかけると、ヴァーレンダー公は紅茶をひと啜りした。
その後、アルシュタでの『神隠し』事件の話をじっくりとした。
「じゃあ竜産協会が? しかし、なぜ竜産協会が私に? 少なくとも私は竜産協会の件で恨まれるような事は……」
ヴァーレンダー公は一度目を閉じ小さく息を吐いた。
「竜産協会、グレムリン、先の会議での貴殿の発言。そこに共通する人物が一人いるであろう?」
あくまで推測、ヴァーレンダー公はそう断りを入れた。
「……ホストメル侯」
ヴァーレンダー公は返答をせずに静かに紅茶を口にした。
「私はね。この議会で、ホストメル侯の宰相罷免か、オラーネ侯の竜産協会理事長の罷免、どちらかを要求しようと思っているのだ。スラブータ侯、ご協力いただけないだろうか?」
スラブータ侯は立ち上がり、喜んでと胸を叩いた。
その二日後、議会が再開された。
日程的には秋の議会の最終日となるであろう。
ヴァーレンダー公は多くの貴族たちに囲まれて議会に臨んだのだった。
ところが、いつまで待ってもオラーネ侯が出席して来ない。
議会が開始されると、ホストメル侯からオラーネ侯が病に倒れた事が報告された。
麻薬の件はオラーネ侯に代わりマロリタ侯が報告をした。
その内容はあからさまにおざなりなもので、生産量はどう聞いても過少であるし、使用実績は生産量と同量。
しかも昨年一年分しか提出が無い。
マーリナ侯は激怒し、どういう事かとマロリタ侯を問い詰めた。
そう言われてもマロリタ侯も言われた通り資料を出しただけで、わかるわけがない。
議会は騒然とし、オラーネ侯を引きずり出して来いと騒ぎ立てる者が複数出ている。
宰相ホストメル侯は机をバンバンと叩き注目を集めさせた。
「静粛に! 陛下の御前であるぞ! 私もこの資料には失望を隠せない。よってオラーネ侯には竜産協会理事長を辞任していただこうと思う。理事からも外れてもらう。代わりの理事長はマロリタ侯にお願いし、新たにソロク侯に理事になってもらう」
ホストメル侯はそう言って皆の賛同を求めた。
まさか宰相がオラーネ侯を切ってくるとは思わなかった。
代わりの人事に異論が無いわけでも無いが、これからじっくりとオラーネ侯を問い詰めれば良い話だと多くの者は納得した。
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