第19話 後継

 族長が亡くなった事を知った四人がまず真っ先にやらねばならない事は新たな族長を決める事であった。


 平時であればそこまで焦る必要は無い。

だが明らかに今は緊急事態である。

最高指揮官の不在は致命的だと思われた。


 ベルベシュティ地区の族長の交代は全首長の選挙によって決まる。

病気や高齢などを理由に族長が退陣する場合には、族長が複数の後継者を指名しその中から選んでもらう。

だが、病気で急死したり今回のように不測の事態が起きた場合は族長の家宰が選ぶ。

大抵は統治の終わり頃に族長自らが屋敷に招いた首長が族長候補となる。

今回の場合、現在集められている三人の首長という事になる。

こうする事で統治の方向性が大きくブレる事を防ぐのである。


 今回集まった四人の中では、バラネシュティ首長で良いのではないかという雰囲気だった。

バラネシュティは地区で真っ先にドラガンの才を認め庇護した人物である。

それによって地区では毒蟲による病死が劇的に減った。

これ以上の実績は無い、それが二人の首長と家宰ミオヴェニの考えだった。

だがバラネシュティからしたら、たまたまプラジェニ母娘が拾って来た人間が巨大な金剛石だったというだけなのである。

他の首長でも同様の事をしたはずと思っており、それを持って族長に適格と言われるのは気後れしてしまう。


 そう言って遠慮したのだが、二人の首長は運も重要な能力だと笑い合った。

それでもバラネシュティは、こういう事は形式が非常に重要だからと、選挙の開催だけはお願いした。



 二日後、族長屋敷に地区の全ての首長が集められた。

全員が同じ時間に集ってしまうとそこを付け入られる危険性があると考え、地区を七つに別け時間をずらして来てもらった。


 現状の説明をし、ヴァーレンダー公のセイレーンの状態を見てもらい投票をしてもらった。

既に地区のどの村にもバラネシュティとヴラドの話は知れ渡っており、投票など必要無いのではという意見が多かった。


 だが、あまりにもその話をされバラネシュティは別の不安を覚えた。

元々『ヴラド』ことドラガンは、秘匿しておかねばならない存在のはずだった。

今でこそ前族長ドロバンツの意向でベルベシュティ地区の至宝という扱いになり行動の自由を保障されているが、本来は村の中でひっそりと暮らしていてもらわねばならぬ人物なのである。

でなければロハティンの公安や街道警備隊にその存在を知られかねない。

姉のアリサはその事をすぐに理解し事あるごとにドラガンに自重を促しているが、周囲が放っておかずドラガンもついついその才を表に出してしまっている。


 次のジャームベック村の首長の人事は慎重に慎重を重ねないとと、バラネシュティは改めて思い知らされた。



 選挙の結果は、ほぼ満票でバラネシュティであった。

だがバラネシュティは、地区が三つの意見に割れているという事にした方が良いと二人の首長に提言した。

早急に他の族長を招き連携を強化しておきたいという希望もある事にはある。

だがそれ以上に、国王の葬儀への出席を避けたいという気持ちが強い。


 リベジレ村のモルドヴィツァ首長が、それなら自分が代理という事で王都に行こうと言い出した。

自分は剣の腕にはかなり自信がありそう簡単にやられはしないと。

だが他の三人はドロバンツ族長も同じ事を言って王都で討ち取られたと猛反対した。




 エルフたちが揉めているという情報は、ロハティン経由でアバンハードにもたらされる事になった。

その報は、アバンハードに滞在しているボヤルカ辺境伯の耳にも入る事になった。


 動揺する執事と近衛隊長にボヤルカ辺境伯は、エルフたちはそんな愚かでは無いと言って笑った。

誰がなったか知らないが次の族長もなかなかに切れる人物らしい。

頼もしい事だと動揺する執事と近衛隊長を安心させた。

おかげで葬儀の参列を拒否して領地に帰る正当な理由が出来たとほくそ笑んだ。



 翌朝、ボヤルカ辺境伯はアルシュタ総督であるヴァーレンダー公の屋敷に向かった。

火急の用件と言って面会を申請した。


 ヴァーレンダー公はボヤルカ辺境伯を食卓に招くと、朝食はとったのかと尋ねた。

ボヤルカ辺境伯がまだだと答えると、火急と言っても朝の茶を一服するくらいの余裕はあるだろうと微笑んだ。


 ヴァーレンダー公は焼いた燻製肉を齧り、パンを千切って口に放り込み、それを紅茶で流し込むとカップを机に置いた。

空腹を癒し気持ちを落ち着かせたところで、こんな朝早くに何用かなとボヤルカ辺境伯に尋ねた。


「実はベルベシュティ地区で後継争いが発生していまして、早急に領地に帰る必要ができてしまいました。それで王の葬儀の出席が困難になってしまいまして……」


 今すぐにでも攻められるというわけでもあるまいに、それが国王の葬儀欠席の理由になるとは思えない。

何かあるとヴァーレンダー公は察した。


「王の葬儀の後ではダメなのか?」


「リュタリー辺境伯だけならそれで良かったのですが、エルフたちもとなると」


 ボヤルカ辺境伯の発言で、どうやらあのセイレーンはエルフの族長屋敷に辿り着く事ができたのだとわかりヴァーレンダー公は少し安堵した。

であればさぞかし慌てている事であろう、ボヤルカ辺境伯の危惧もわからないでもない。


「なるほどな。エルフたちがそなたの領内で何をするかわからないという事か」


「できればどちらの件も、大きな騒ぎになる前に私が行って収めてやりたいとも思いまして」


 つまりエルフとリュタリー辺境伯双方に恩を売り優位に立っておきたい。

それがボヤルカ辺境伯の本音だろうとヴァーレンダー公は推察した。


「そういうことか。帰郷の体のいい言い訳ができたものだな」


「言い訳だなんてそんな……」


「実はここに来て私もロハティンで民衆が弑逆されているという情報を漏れ聞いた。ここ最近で消された三人の貴人は、以前そなたから貰った計画の関係者なのか?」


 ドロバンツ族長から『ゾロテ・キッツェ市場計画』を持ちかけられた時、ボヤルカ辺境伯は、議会工作の一環としてヴァーレンダー公に報告を入れている。

だが、あくまでこういう計画が進んでるというだけで、誰が関わっているかなど詳細は知らせてはいない。


「……沈黙が答えか」


「私は何も存じ上げません……」


「縁戚の私にも言えないのか……そこまでのことなのか」


 ボヤルカ辺境伯の態度で、ヴァーレンダー公は自分の想像する以上の出来事が発生しているという事を知った。

エルフの族長が粛清されたのも恐らくはその一環。

そうなってくると、スラブータ侯の行方不明、リュタリー辺境伯の急死ももしかしたら……

だとすると一番の黒幕は……


「……殿下に、ご迷惑がかかる事になりますので」


「あいわかった。後はこちらで上手い事やっておく。それと帰り路だがな、陸路はやめておけ。スラブータ侯の二の舞になるからな。うちの船を使え。用意するように言うから」


「お心遣い感謝いたします」


 紅茶を飲み干し、部屋を出ようと席を立ったボヤルカ辺境伯をヴァーレンダー公は呼び止めた。

指で近くに来いと合図した。

近寄ったボヤルカ辺境伯をヴァーレンダー公はさらに近寄らせ密談がしたいという合図をした。


「もしもの話だ。有事の際、私の指揮下に入りそうな貴族はどれだけいると思う?」


 ボヤルカ辺境伯は、あまりにも突発的な質問にすぐには回答できなかった。

だが密談と言われた時点で、かなりの事を覚悟しており、そこまで驚きはしなかった。


「王が崩御された事で殿下は継承順が離れます故、そこまで多くは無いかもしれません。ですが私が無事帰りつけましたら、大陸西部は可能な限り切り崩してご覧に入れます。それと……」


「それと?」


「エルフの集落にとんでもない切れ者が匿われています。あの者を引き入れられれば多少の劣勢なら簡単に挽回できるかと」


 その情報はヴァーレンダー公にとっても初耳であった。

それほどの人物であれば、これまで多少でも噂になっていそうなのに、なぜ今まで誰からの口の端にも乗らなかったのだろう?


「エルフなのか、その者は?」


「いえ。人間です」


「引き入れられればというのは、『向こう』につきそうという事なのか?」


「幸いな事に『向こう』を敵視はしています。ただ、こちらに助力してもらえるかどうかは五分五分かと」


 『向こう』は、恐らくはブラホダトネ公一派という事になると思われる。

ヴァーレンダー公としてもまだ色々なことが不確定であり、こう言うしかなかったのだ。


「どんな者なのだ? その者は?」


「ヴラド・コンテシュティと名乗っています」


「ん? 名からするとエルフのように聞こえるが?」


「偽名です。本名はドラガン・カーリクというそうです。『例のロハティンの事件』の村の生き残りなのだとか」


 『例のロハティンの事件』も、ボヤルカ辺境伯からヴァーレンダー公に報告をしている。

変に詳細に書かれていて、まるで見てきたかのようだと思っていたがこれで合点がいった。

恐らくカーリクという人物から直接聞いたのであろう。


「被害に遭ったベレメンド村の者は、人間、ドワーフの区別無く赤子に至るまで皆殺しに遭ったと聞いたが?」


「その者もかなりの苦難に遭いながら、エルフの居住区に流れ着いたようです」


 報告を聞く限りでは、ロハティンの公的組織が手を取り合って犯罪に手を染めていると感じる。

そこから逃げ出すのは、かなりの犠牲や苦労があったであろう。

そのカーリクというものの身の上を考えると、ヴァーレンダー公は胸が締め付けられる思いであった。


「それならば、仮に助力が得られないとしても『向こう』に付く心配は無いな。で、どの程度の人物なのだ?」


「まだ地区に流れて来て一年程度だというに、エルフたちからは『水神アパ・プルーの使い』と現人神のように扱われているようで」


「それは大したもんだな。ドラガン・カーリクか。覚えておくよ」

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