第42話 慰霊祭

 ここまで、ビュルナ諸島の島を一つ借り切って商品にされていた者たちの治療を懸命に施してきているのだが、毎日のようにこの世を離れていく者が出るという辛い状況が続いている。


 男性たちには死病ともいえる伝染病が蔓延していたようで、食事を取らせても嘔吐し下痢してしまう者が多かった。

医師は残念だが全員助からないだろうと言い合っていた。


 だが医師の一人が駄目で元々だと言って、ビュルナ諸島に古くから伝わる温泉水を飲むという療法を試させていた。

温泉の水は少ししょっぱく、飲むと万病に効くとサファグンの間で言い伝えられてきているのである。

実際その医師もお腹が弱くよく下痢をするのだが、ここの温泉水を飲むと暫く調子が良いのだそうだ。


 食事を取り温泉水を飲み、温泉に漬かり汗をかいて寝る。

それをひたすら繰り返させる。

一週間ほどで症状の軽かった者に改善の兆しが見られた。

このまま継続していれば救える命があるかもしれないと医師たちは希望を持った。




 一方の女性たちの方も非常に厳しい状況であった。

常に手足を縛られ、寝ている時は布団に、起きて暴れ出すとサウナに寝かされる。


 この移動がなかなかに重労働であった。

暴れた女性を運ぶというのは女性には難しく、アルディノがほぼ一人で行っている。

眠りに付いた女性は、フリスティナ、アリョーナ、ロズソシャ、チャバニーの四人で運んでいる。


 サウナと言っても熱した石に温泉水をかけて蒸気を作っているサウナである。

温泉に漬かっている状況とあまり変わりはない。


 途中からは暴れることすら無くなり、ただ痙攣するだけになった。

アルディノは痙攣したらサウナに運べとフリスティナたちに指示している。

暴れる体力が無くなっただけで症状自体緩和されているわけではないからと。



 最初に回復したのはアンジェラとイネッサであった。

地下に入れられてはいたのだが、麻薬を焚き続けられていたわけではなかった。

高価な麻薬である。

しかも地下はそれなりに広かった。

麻薬は重度の中毒患者を苦しませないために焚かれていた。


 まだ入れられたばかりで一度しか嗅がされていなかった二人は、中毒といってもそこまででは無かった。

酷い禁断症状は続いたものの、一週間ほどで自分で食事がとれるくらいにはなっていた。


 だがダリアはそうでは無かった。

ダリアはまだ十二歳であり、大人に比べると同じ量の麻薬でも効きが違う。

実際、十八歳のアンジェラに比べ、十四歳のイネッサの方が症状が重かった。


 だがダリアは抜けるのも早かったのは早かった。

イネッサの次に食事が取れるようになったのはダリアだった。




 一週間が過ぎ、ザレシエは二つの温泉宿からもたらされた報告に思わず目頭を摘まんだ。

ザレシエから報告を受けたヴァーレンダー公とラズルネ司令も大きくため息をついた。


 救出された女性は総勢二八人。

うち七人が島に来た時点で亡くなっており、初日の禁断症状で五人が亡くなった。

残った十六人のうち、そこから三日で十人が禁断症状に耐えられず亡くなっている。

元々救出された女性の多くは『商品』にするため食事の代わりに麻薬を吸引させられており、体力が限界だったらしい。


 残った六人のうち、アンジェラとイネッサが回復したことで、アルディノもほっと胸を撫で下ろした。

禁断症状の続く四人のうちダリアを除く三人はいずれも少女である。

つまり、成人した女性の中で回復したのはアンジェラだけで、他の成人女性は全滅であった。

その三人の少女は、禁断症状はまだ出るものの起きている間ずっとという状況ではなく、何とかスープを飲める状態にまで回復している。


 男性の方は、救出されたのがアルテムを入れて三六人。

それと木箱に乱雑に放り込まれていた遺体が二二体。

もはや骨は誰のものかわからないが、頭骨の数がそれだけあった。

三六人中、既に亡くなっていたのが九名。

重症者が十八名で、残念ながら全員二日も持たずに亡くなってしまった。

残りの九名の内、二人が重症化して亡くなった。

残り七人のうち一人は暴行を受けたアルテム。

檻に入れられ病気をうつされたオレストはまだ軽症であった。

健康という者は一人もおらず、残った五人も軽症だが病気をうつされている。

こちらも五名は全員少年であった。


 男女合わせて六四人を救出して生き残ったのはわずかに十五人。

その数字はさすがにヴァーレンダー公たちをがっかりさせた。



 ベレメンド村の六人は、全員、島を出たらアリサたちと一緒に住みたいと言っている。

村がどうなったのかは全員理解しており、ベレメンド村に戻っても両親がいるわけではない。

ならば自分たちを村から連れ出してくれたアリサと一緒にいたいというのが彼らの希望であった。


 なお、ベレメンド村襲撃時にナタリヤたちと一緒に連行された女性たちは今回救出された中には一人もいなかった。

ナタリヤの話によると全員買手が付いて買われてしまったのだそうだ。


 残りの八人の出自だが聞き取りをして全員同じ出自である事が判明した。

アルテムたちが『戦利品』としてロハティンに連行されてきた数日後に、公安がいちゃもんを付けて孤児院の子を全員逮捕したらしい。

フリスティナの話によると、孤児院の院長は即日公開処刑となったのだそうだ。

孤児院の子たちも、回復したらナタリヤやアルテムたちと一緒に住みたいと言っている。



 島に来て十日。

ヴァーレンダー公はロハティン軍に動き無しと見てアルシュタに戻ることにした。


 だがこの島に来てからというもの、かなりの人が亡くなっている。

このままただ埋めて帰って、もし死霊が出るなんて事になったら島のレジャー経営に大打撃となってしまう。

サファグンのブラディチャスカ族長に何と言って苦情を言われるかわかったものではない。


 そこでヴァーレンダー公は帰る前に慰霊祭を行うことにしたのだった。

慰霊祭にはブラディチャスカ族長とユローヴェ辺境伯も参列する事になった。


 大きな石に、亡くなった四九名のうち名前のわかっている者は名前を、それ以外の者は人数を刻み込み慰霊碑とした。

ヴァーレンダー公は彼らのために慰霊の言葉を考え、それを自らの名と共に刻ませた。



 出席者は皆一輪づつ花を持ち、慰霊碑の前で各々の宗教の形で祈りを捧げた。

参列はしたものの体が満足に動かせない娘たちは、フリスティナやナタリヤが代わりに花を添えた。


 水夫や宿の従業員も慰霊祭に参加し、一人一人花と祈りを捧げた。

その為、式典はかなりの長時間に及んだ。

途中席を立つものもいたが、多くがじっと供えられた花を見つめていた。



 ヴァーレンダー公は慰霊祭の締めとして挨拶を行った。

その瞳は少し潤んでいる。

ヴァーレンダー公はこういう場であまり長々と話をするタイプではない。

この時も、救出され生き残った者は亡くなった多くの者の分まで残りの人生を謳歌して欲しいと演説しただけだった。

それが何よりの慰霊であり鎮魂になると。



 最後にヴァーレンダー公は慰霊碑に刻ませた自分の慰霊の文を読んだ。


”政道を誤れば民には多大な迷惑がかかる

民の迷惑を慮れない貴族は貴族たる資格無し

この犠牲者の碑を持って全てのまつりごとの犠牲者への慰霊としたい


為政者が二度と同じ過ちを繰り返さぬように戒めを込めて

忌まわしき行為が行われたという記憶をここに刻む


全ての犠牲者よ

どうか安らかに眠りたもう


 ヴァーレンダー公ヴィークトル”

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