第43話 処刑

 スラブータ侯爵軍と合流したホロデッツたちと山賊たちは、そのままスラブータ侯爵軍と共に領府ネドイカへと引き上げて行った。

ロハティン軍も追撃の体制は取っていたのだが、どうやら命令は下らなかったらしい。



 ネドイカに着くと山賊たちは軍本部の一室に収監された。

獣のように檻に入れられるのではなく、格子は付いているものの、ちゃんとした部屋に入れられ、チェレモシュネたちは一安心であった。


 チェレモシュネとタロヴァヤは別の部屋に収監されている。

しかも外には看守がいて、何か話し合おうとすると一応叱責を受ける。

だが本当に一応という感じで、あまり迷惑をかけないようにしてくれと言われるだけであった。



 収監から三日ほど経って、一人の男性が現れた。

その男性は看守にチェレモシュネとタロヴァヤを呼んでくれと頼んだ。

どうやら執事の一人らしい。


 チェレモシュネとタロヴァヤは、一応手枷を付けられて侯爵屋敷へと連れていかれた。

案内された部屋に入ると、そこには家宰のソシュノが執務机に座っていた。


 応接椅子にも一人の男性が座っている。

自分たちを救出に来た男で、名前は確かホロデッツ。


「君たちを呼んだのは、とある報告書が届いたから、それを教えてあげようと思ったんだよ」


 ソシュノは机に置かれた手紙を右手で持ってチェレモシュネたちに見せた。


「君たちが必死に守ろうとしたボダイネ、イスパス、ヴィクノ、バビンの四人のことだ。無事救出されて、今ビュルナ諸島で治療を受けているそうだよ」


 チェレモシュネとタロヴァヤは互いに見合い、肩の荷が下りたという顔をしあった。


「スラブータ侯はドラガン・カーリクに浅からぬ縁があってな、その仲間を保護してくれた君たちに何か礼がしたいとおっしゃっておる。何が良いか私も色々と考えたのだ」


 そこまで言うとソシュノはホロデッツを一瞥した。


「そうは言ってもだ、君たちが山賊であることに変わりはない。そこで、君たちにはここで死んでもらうことにした」


 チェレモシュネとタロヴァヤは何か悟ったような顔をし無言で頷いた。


「処刑の済んだ者から、カーリク殿の下へ行ったら良い。過去を捨てそこで第二の人生を歩むが良い」


 どういうことだとチェレモシュネは顔を近づけタロヴァヤに尋ねた。

タロヴァヤはすぐに意図がわかったらしく鼻で笑った。


「過去の清算をしてくれるんだとよ。全員ここで処刑された事にするから、あのカーリクって坊主のとこに逃げろって言ってくれてるんだよ」


 チェレモシュネは下を向いてふっと笑った。


「気まぐれで助けたガキに、こんな形で貸しを返されるとはな。良い事もたまにはしてみるもんだな」



 翌日から定期的に一人づつ山賊たちは処刑されていった。

ただし、動物の血を袋に詰め、それを処刑担当が突き、処刑されたように見せただけである。

処刑場には市民は近寄れないようになっていて、遠巻きでしかみることができなかった。

その為、ネドイカの市民たちは本当に山賊が処刑されていると思ったらしい。


 山賊たちが、潰された村から逃げ出した子供たちを保護していたらしいという噂が広まると、市民の中から徐々に助命嘆願の動きが出始めた。

実際には、処刑されたことにされた者から順に近くの村に分散して宿泊しているだけなのだが。




 救出作戦から二週間が経過した。


 その間は、ロハティンから何をされるかわからずエモーナ工業の輸送船は来なかった。

なお『エモーナ工業』はポーレ商会がヴァーレンダー公たちの資本を受けて社名変更した会社である。


 二週間後の輸送船で、まずホロデッツたち三人がエモーナ村に帰還した。

ホロデッツたちはエモーナ村に戻って、少し村の雰囲気が変わっていることに気が付いた。

明らかに村民が減っている気がする。


 残った者の話によると、プリモシュテン市で水が確保できたらしく、一部の者がプリモシュテン市に向かったのだそうだ。

向かった者は既婚者ばかりで、自分たちで生活できそうと思う者は来て欲しいということだったらしい。


 マチシェニが手を挙げると、農業に従事している者が村を出た。

漁師も近郊で漁をしている者の何人かが向かった。

それと調理師のコウトが向かったことで、一部サファグンも向かったのだそうだ。



 家に帰ったホロデッツは妻のアレシアにプリモシュテン市に行こうと思うと相談した。

だがアレシアは反対した。

ホロデッツには子供が二人いる。

二人ともまだ学生で今プリモシュテン市に行くと勉強ができなくなってしまう。


「先日のお話では、まだ多くの設備が整っていないので、街づくりを手伝ってもらえる方のみというお話でした。今私たちが行っては、あの方たちの足手まといになるだけだと思いますよ?」


 向こうに行くことには賛成するが、それは今ではないとアレシアは夫を諭した。


「だけど、サファグンの漁師も何人か向こうに行ってるっていうじゃないか。だったら俺たちだって」


 気が逸る夫をアレシアは眉をひそめ困ったという顔で見つめた。


「サファグンたちは、向こうからの要請ですよ。何でも建築に大量の貝殻が必要なのだそうで、採貝を行って欲しいんだそうです。とにかく、気持ちはわかりますが、もうしばらく辛抱なさって。ね」



 その日の夜、ホロデッツは、リヴネ、ペニャッキを伴ってサファグン居住区の食事処に向かった。

コウトがプリモシュテン市に向かったというのはどうやら本当らしい。

屋台は空になっているし、コウトの料理目当てに通っていた漁師たちの姿が見えない。

そのせいか、どこか活気が失われている。

寂れたという感覚すら覚える。


 ホロデッツは酒が入ると早速妻との口論の話をした。

俺は今すぐにでも向こうに行きたいのにとホロデッツは憤った。


 寂れていく一方の村なんか見たくない。

そんなのこれまで散々見てきたんだから。

これからどんどん賑わっていく村を見ていたいんだ。


 ホロデッツはビールのジョッキを叩きつけるように机に置いた。

リヴネも帰って来てから妻に相談したらしく、ホロデッツと同様、妻に窘められた。


「だけどよう、すでにエモーナ工業もプリモシュテン市に拠点を移してて、資材置き場も出来上がってるんだとよ。作業員はジュヴァヴィ市から船でプリモシュテン市に通っているらしいぜ?」


 リヴネも妻オリガの言い分が納得いかないらしく、ビールのジョッキを荒々しく机に置いた。

だが二人に比べるとペニャッキはそこまで憤っていなかった。



 実はペニャッキは昨年の秋に結婚し、今は新婚を謳歌している。

八歳も下の娘で名前はヤナ。

レシアの二つ上の娘なのだが寡婦かふ(=未亡人)であった。

亡くした夫はバハティ丸の船員でペニャッキの後輩。


 ヤナのように、あの海難事故で何人もの寡婦ができた。

ペニャッキは村の独身男性たちを誘って、再婚の希望がある寡婦たちを誘って呑み会を開いてあげていた。

どうやらその中でヤナと良い仲になったらしい。

 

 今回ロハティン潜入の話をヤナにした時ヤナは猛烈に反対した。

また夫を失うのは嫌だと。


 だがペニャッキは、その制止を振り切ってロハティンに向かった。

俺は必ずお前の元に帰って来る。

俺は不死身だから。

お前の辛い過去を払拭するためにも俺は行くんだと言って。



「うちの嫁さんの話だと、第三陣もそこまで遠い日付じゃないってことらしいよ? 今、侯爵領中の大工がプリモシュテンに行ってるんだって。今行ってもとうぶん野宿なんだってよ。それよりは次を待った方が賢くないか?」


 ペニャッキの発言にホロデッツとリヴネは驚いた。

結婚してずいぶん物分かりが良くなったと二人は笑い出した。

さては嫁さんの尻に敷かれてるなと二人は手を叩いて大爆笑だった。


「兄貴たち、それはねえだろ……」

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