第44話 建築
現在『プリモシュテン市計画』はマーリナ侯爵領の一大土木事業となっている。
もちろんそれに公共事業費として尋常ではない額が予算として付けられているし人も投入されている。
プリモシュテン市はマーリナ侯爵領第二の都市にして大陸北西部の経済の要、そういう位置付けだと議会に説明している。
議会にも『プリモシュテン市計画』の事を覚えている老議員がおり、懐かしいと言って涙を零していた。
お金を付けた以上は絶対に成功させねばならない。
それが議員たちの総意であった。
とはいえ都市を一つ作るとなるととんでもない量の資源が必要になる。
企画が動き出した当初は木材の調達を考えると都市として機能するのは十年以上先だと言われていた。
そもそも都市を造っても住む人がいなければ意味がない。
ところが、そう言い合っていたところにドラガンたちが受け入れを求めてきた。
さらに木材を柱だけに使い土レンガを積む工法を提案され、あっという間に倉庫と工員宿舎が完成した。
同時に水路も完成しており、それから大量の土レンガが毎日のように作られることになった。
街の周囲には植林もされ、いづれはこの木を使って家を建て直す事になるだろう。
ザレシエたちがロハティンに行っている間、ポーレ親子、ドラガン夫妻、ベアトリスはプリモシュテン市にいた。
工員宿舎の一室を貰いポーレとドラガンは区画割りをオラティヴと考えている。
アリサは工員たちの食事を作り、レシアとベアトリスは宿舎の掃除を行っている。
水が宿舎まで来た事で、そういった事が可能になったのだった。
エレオノラは最近少し固形の物が食べられるようになっている。
ただ、アリサが何をしても嫌だと駄々をこねて泣き出してしまう。
どういうわけか、ドラガンがエレオノラをあやすとエレオノラは大人しく寝てしまう。
ポーレが抱くと余計に泣き出すので、ポーレもなんだか理不尽なものを感じている。
工員たちにも故郷に家族を残している者が多く、エレオノラが泣いている声を聞いて故郷の家族を思い出している。
子育てのアドバイスをしてくれることも多く、アリサからしたら親戚がたくさん近くにいてくれるような安心感があった。
何の工事をするにも大量の『たたき』が必要になる。
土レンガで建物をつくるにしても防水のために『たたき』は必要になる。
建物の屋根は松脂を薄く塗って軽く火で炙った木の板を敷き詰めているのだが、その下地にも『たたき』を敷いている。
『たたき』を作るには、とにかく大量の貝殻の粉が要る。
そのためにマーリナ侯爵領だけじゃなくオスノヴァ侯爵領からも貝殻をかき集めて貰っている。
工員の中には朝から晩までひたすら貝殻を粉にしている者がいる。
早急に水車をどこかに作って自動にしたいところだが、残念ながら、まだ水路の整備も満足にできていないのだった。
ドラガンは街づくりの手伝いができ、身の回りのことがやれる人ということでエモーナ村から何人か来てもらうことにした。
真っ先に手を挙げたのはマチシェニであった。
とにかく食が無いことにはどうにもならん、それを満足させられるのは農家の自分だけという自負がマチシェニにはあった。
本来であれば妻のアンドレーアも連れて行きたいところなのだろうが、アンドレーアはかなりお腹が大きくなっており、やむなくイリーナに預けることにした。
子供が産まれそうになったら連絡をくれと言い残しエモーナ村を去った。
マチシェニが行くと聞いてコウトも手を挙げた。
エレオノラちゃんを抱えて、アリサさんだけで工員の食事を作り続けるのは無理がある。
ここは自分が行って工員に旨い物を食わしてやりたい。
すると採貝作業員が欲しいと聞いたサファグンの漁師たちがコウトの食事目当てに手を挙げた。
「ほう! ここが噂のプリモシュテンか。見事に何も無いところだな」
ザレシエに案内されて港に降り立ったヴァーレンダー公は一面の平野を見て豪快に笑い出した。
アルシュタは水を抜いた地を農地にしたが、プリモシュテンは市場にしている。
この違いをヴァーレンダー公は面白いと感じたらしい。
工員宿舎に立ち寄りザレシエから計画を説明されると、ヴァーレンダー公は少し興奮気味に頷いた。
「我々も大陸東部に市場を作ろうとしておるから実に参考になるな。確かにロハティンが唯一無二の大市場で、経済を人質にしているという自覚が生まれるから、ああいう無法がまかり通るようになる。ドロバンツ族長の先見の明に改めて感服だ」
『ドロバンツ族長』という名が出てザレシエは心に何か刺さるものを感じた。
「よし。オスノヴァ川の工事が終わったら、道路を作る最低限の工員を残し、残りはこちらに差し向けよう。オスノヴァ侯にもそう言っておくよ。物資も足りないものがあれば言ってくれ。送るから」
ヴァーレンダー公の温かい申し出に、色々とよくしていただいて申し訳ないとポーレとザレシエ、ドラガンが頭を下げた。
「なに、我々にも利があると思えばこそだ。そうでなければ簡単に力は貸さぬ。今回のロハティンの件もそうだ。私にとって利があると思ったから動いたのだ」
それが貴族の外交というものだとヴァーレンダー公は三人を諭した。
商売、貴族間の血縁、権力闘争、仕返し、基本的にはその四つでしか貴族は動かない。
お前たちもこの街の統率者となるのだろうから、よく覚えておくが良いと。
ある程度話が終わるとヴァーレンダー公たちは工員宿舎から外に出た。
ヴァーレンダー公が来ているという事で工員たちは仕事を午前で切り上げ、午後は食事会をすることにした。
土レンガで炉を作り、その上に鉄の網を乗せている。
コウトが食材を用意し、それを工員たちが次々に焼いて行く。
コウトの横でアリサとベアトリスが野菜を切りそろえている。
実に良い匂いであった。
「申し訳ありません。良い酒を出したいところですが、いかんせん物資が圧倒的に不足していまして、工員たちが呑むような酒しかありませんで」
ポーレが申し訳なさそうにすると、ヴァーレンダー公は豪快に笑い出した。
「私は酒の質と味にはそんなにこだわりは無いよ。私がこだわるのは誰と呑むかだけだ。頑張っている工員と呑めるのであれば、どんな酒でも旨いというものだよ」
アリサがエレオノラを抱きながら、ヴァーレンダー公に焼けた肉と野菜を届けた。
エレオノラはヴァーレンダー公の隣に座ったドラガンを見て、おいたん、おいたんと必死に手を伸ばした。
ドラガンがエレオノラを抱きかかえると、エレオノラはドラガンの頬をぺちぺち叩いて大喜びした。
「私の娘なんですがね、このようにかなりドラガンに懐いていまして、ドラガンを見るたびに喜ぶのです」
ポーレの説明に、そうかそうかとヴァーレンダー公は嬉しそうな顔でエレオノラを見た。
するとエレオノラはドラガンの膝の上に立ってヴァーレンダー公に手を伸ばした。
ヴァーレンダー公はにやりと笑うと、ドラガンに代わってエレオノラを抱きかかえた。
エレオノラはきゃははと笑ってヴァーレンダー公の頬を小さな手で撫でる。
アリサは慌てて、こらと言ってエレオノラを窘めたのだが、ヴァーレンダー公は嬉しそうに笑っている。
「この娘が大人になって悲しい思いをしないために、今度の春の議会で奴らを徹底的に潰してくれん」
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