第41話 兄妹

 救出した女性たち同様に男性たちも状態は悪かった。


 島に来た時点で半数は病死。

衛生状態の良くない中で何日も檻に入れられていて、病気が蔓延してしまっていたのだった。

湯治によって徐々にではあるが病状は回復していったものの、それでも救出時点で重症だった者はほとんどが亡くなった。


 麻薬中毒の女性たちと違って、こちらは病気でうつる可能性が高かった。

その為、なかなか看病を買って出る者がいなかった。


 それを買って出てくれたのはトロルたちだった。

トロルはアルシュタでも、あまり環境の良くない地に住んでおり、病気に対しかなり耐性がある。

おまけにマクレシュから受けている日々の鍛錬によって、他の者に比べかなり体力がある。


 さらに言えば、彼らはヴァーレンダー公に取り立ててもらっていなければ食うにも困る状態であった。

それを比較的裕福な暮らしをさせてもらっているのだから、これくらいの事は恩返しの一環と考えていた。

『武者修行の一環』、そう彼らは言い合っている。



 ヴァーレンダー公たちもアルシュタに帰らず温泉宿に逗留している。

表向きはブラホダトネ公がスラブータ侯爵領に攻め込むかもしれないという危惧を抱いていたからである。

もちろん日々の疲労を癒すという目的もある。


 そんな半ば慰安の状態でも、ヴァーレンダー公は貴族としての務めをしっかりとはたしていた。


 毎日のようにマイオリーたちを一人一人呼び寄せ、ラズルネ司令、ザレシエを交えてロハティンの状況について話してもらった。


 ザレシエによって、ここまでのロハティンの惨状が報告書としてまとめられると、ヴァーレンダー公は一通り目を通した。

報告書を二部複製してもらい、プラマンタを呼び、マーリナ侯とサファグンのヴラディチャスカ族長に送付してもらった。




 ヴァーレンダー公への報告を終えたナタリヤは、男性たちが収容されている温泉宿から出てきた一人の男性の姿を目撃した。


 それが誰なのかナタリヤにはすぐにわかった。

当たり前だ。

あの日からずっと会いたいと思い続けてきた人なのだから。


「兄ちゃん!!」


 ナタリヤはアルテムに向かって全力で駆け出した。

ナタリヤはアルテムの手前で足を止めると、アルテムの顔をじっと見つめた。

想像していたより少し背が高い。

あの頃より少し顔が面長になっているように感じる。

自然と瞳から涙が零れた。


「ナタリヤ!!」


 アルテムもナタリヤを見て懐かしさに打ち震えている。

あの子供だったナタリヤが随分とお姉さんになっている。

髪が伸び、背も伸び、顔には幼さが少し残っているものの、その声はそこまで変わってはいない。


 ナタリヤは思い切りアルテムに抱き着いた。

アルテムも優しくナタリヤの背を抱きかかえた。


 五年。

ナタリヤはきっと生きているとアルテムは信じ続けた。

ナタリヤも兄はきっと生きていると信じ続けた。

何度も挫けそうになった。

でもその都度、自分が諦めたらナタリヤが、自分が諦めたら兄が、その事を知った時に悲しむと思い自分を奮い立たせてきた。


 ナタリヤはアルテムに抱き着いたまま壊れたように泣き続けた。

自分の中のどこにこんなに涙があったのだろうとナタリヤ自身も驚くほどであった。



 アルテムはナタリヤを温泉宿のロビーに連れて行き椅子に座らせた。

お茶を淹れてもらうと、ナタリヤは泣きながらお茶を啜った。


 あの時何があったのか、あれから何があったのか、ナタリヤは涙を流しながらアルテムに話した。


「ナタリヤも大変だったんだな。よく頑張ったな。生きていてくれて本当に良かったよ」


 アルテムがナタリヤの頭を優しく撫でると、ナタリヤはまた涙が溢れ出してしまい、アルテムに抱き着いて泣いた。


 少しナタリヤが落ち着いたところで、今度はアルテムが自分たちのことを話し始めた。


 ナタリヤに比べれば、アルテムは山賊に保護されただけマシであった。

子供たち三人の面倒を見なければならなかったものの、三人のうち二人は女の子で炊事に裁縫、掃除と懸命に働いていた。

上の娘アンジェラは学校では最上級生で、学校を卒業したら飯盛りをしながら、旅館で働くことが決まっていた。

下の娘イネッサも、最初はアンジェラの手伝いをするように後ろをちょろちょろと付いていたのだが、次第に生活に慣れてくると、山賊たちの粗忽を叱り飛ばすようになった。


 オレストはアルテムに付き添って、倉庫整理や魔物の解体を手伝っていた。

オレストは残念ながら運動神経がそれほどよくはなく、性格も穏やかで、山賊としては不適格であったが、山賊たちからは弟のように可愛がられた。


 あの日、ロハティン軍が山賊討伐に来る事を知ったチェレモシュネとタロヴァヤは、真っ先にアンジェラとイネッサを館から逃さねばと考えた。

他の軍ならまだしもロハティン軍に捕まったら二人は死よりも厳しい目に遭う事が目に見えている。


 だが、アンジェラもイネッサも脱出することを拒んだ。

例えどのような目に遭ったとしても、これまでの恩を忘れて皆を見捨てることはできない。

やむを得ず無理に追い出そうとすると、二人は泣き出してしまった。


 困り果てたチェレモシュネは、二人に短剣を一本づつ渡した。

もし捕まりそうになったら、それで身を守って逃げろと命じた。


 だが討伐軍を見たチェレモシュネたちは困惑することになる。

自分たちを討伐に来たのがスラブータ侯爵軍だったのだ。


 タロヴァヤは降伏しようと進言した。

アルテムたちをアリサさんに返すことを考えたら、それが一番最良の選択であろうと。


 だがロハティン軍は、自分たちを『戦利品』と呼びスラブータ侯爵軍から強奪した。

そこでアンジェラとイネッサはどこかに連れて行かれてしまった。 

 

 オレストは檻に入れられ奴隷として商品にされた。

一方の自分は必死に抵抗したために暴行を受けていた。


「大丈夫だよ。アンジェラさんとイネッサなら、向こうの温泉宿でダリアと一緒に治療を受けてるよ。そんなに長く麻薬漬けになってるわけじゃないから、すぐに回復すると思う」


 ナタリヤの言葉でアルテムはふっと肩の荷が下りたのを感じた。



「おいアルテム。しばらく会わんうちにちかっぱ手が早うなったようばい。さっそく女性ば口説くやなんて」


 かっかっかと笑いながらゾルタンが近寄って来た。


 ゾルタンは現在ザレシエのサポートを行っている。

サポートといえば聞こえは良いが、ようは雑用係である。

しかもザレシエは、かなりやっていることが多岐に渡っていて、ゾルタンは島に来てから、あちこち走り回っている。


 ザレシエのサポートはゾルタン以外にアルディノも行っているのだが、アルディノは女性の宿専属。

アルディノはペティアの看病もしているので、アドバイスもできて適任だった。


「え? ゾルタン?」


 その声の主にナタリヤは驚いた。

あまりの驚きに涙も止まった。


 ナタリヤはアリョーナと一緒に救出された女性と共に僚船の方に乗ってきた。

本船に乗ったゾルタンとも、ここまですれ違いばかりで初めて顔を合わせたのだった。


 どうやら驚いたのはナタリヤだけではなかったらしい。

ゾルタンもあまりの驚きで顔から笑みが消えている。


「もしかしてナタリヤか? しばらく会わんうちにちかっぱ奇麗なお嬢さんになったもんや」


 ゾルタンは泣き顔のナタリヤの頭にそっと手を置いた。


「落ち着いたらドラガンとアリサさんのところに行こう。二人もお前さんたちに会いたがっとうぞ」


 ゾルタンのその一言でナタリヤはまた涙がとめどなく溢れてきたのだった。

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