第40話 悪夢
ナタリヤはフリスティナ、アリョーナ、ロズソシャ、チャバニーと救出された女性側の温泉宿に籠っている。
女性側の温泉宿では患者の衣類が薄着ということもあり、男性はなるべく立ち入らないということになっている。
一人一人看病していたナタリヤは、その中にアンジェラとイネッサの姿を見つけた。
――あの時の出来事は今でも鮮明に思い出せる。
あの日学校では、突然担任の先生が呼び出しを受け授業が中断になった。
その後ザバリー先生がやって来て、全員荷物を置いて学校の裏門から森を通ってカーリク家へ避難しなさいと指示を受けた。
最年長はアンジェラ・イスパスで当時十三歳。
次いでドワーフのカルツァグ・イヴェットが十一歳。
この二人が残りの六人を引き連れるような形でカーリク家へと向かった。
男の子は二人だけで、十歳のオレスト・ヴィクノがドワーフのリベセン・ラースローを引っ張った。
ラースローはナタリヤ・ボダイネと同じ九歳。
その下がイネッサ・バビンの八歳で、ダリア・ドゥリビーが六歳。
最年少がドワーフのパクシュ・フラジーナの五歳であった。
カーリク家に到着すると、アリサ姉さんとイリーナおばさんが荷物を抱えて隠れていた。
その後で少し遅れて、兄アルテムと、兄の友人ドワーフのゾルタンがやってきた。
まずは早急に村を離れようということになり、村から遠ざかるように皆で林の中を歩いた。
ゾルタンの提案でドワーフの神社に行くことになり、そこの軒先に隠れさせてもらえることになった。
ドワーフの神官たちは非常に優しくて、子供たちが身を寄せ合う姿に涙する者がいたり、春とは言えまだ寒かろうからと毛布を持って来てくれたりと非常に親切にしてくれた。
温かい食事を食べると皆の瞳から自然と涙が零れた。
父さんに会いたい、母さんに会いたいとフラジーナが泣き出すとダリアも泣き出した。
イリーナおばさんとアリサ姉さんはそんな二人を優しく抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いてあやしていた。
その日の夜、フラジーナはイヴェットに抱き着いて毛布にくるまって寝ていた。
それを見たダリアがナタリヤに抱き着いて寝ていた。
イネッサはアリサ姉さんに抱き着いて寝ていて、アンジェラはイリーナおばさんに抱き着いていた。
正直、今後のことが不安でナタリヤはなかなか寝付けなかった。
すると抱き着いていたダリアがトイレに行きたいと言い出した。
悪い偶然が重なったとしか言いようがない。
二人は神社の柵の壊れた隙間からトイレに定めた場所へと向かった。
今にして思えば、ナタリヤも一緒にトイレをすれば良かったと思う。
だがあの時、先にダリアにトイレをさせ、その後で自分がトイレを行った。
衣類を整え振り返ると、ダリアが見ず知らずの男性に抱きかかえられていたのだった。
男性はダリアの口に手を当て、刃物をダリアの首筋に突き立てている。
驚いて声も発せずにいると、別の男性がナタリヤの口を塞いで抱きかかえた。
ナタリヤは暴れたのだが、思い切り頬を叩かれ大人しくするしか無かった。
その男性たちは二人をベレメンド村まで連れて行った。
そこでナタリヤが見たのは、多くの家が燃えていて、道端に人が殺されて無造作に捨てられている光景であった。
幼い頃から自分を可愛がってくれた人たちが、目を見開いてそこかしこに倒れている。
恐らくあの光景は一生忘れる事は無いのだろう。
ナタリヤとダリアは村の若いお姉さんたちと一緒に檻状の竜車に押し込められた。
お姉さんたちは皆、衣服をボロボロに裂かれ、顔に痣を作り絶望的な目をしていた。
その表情でナタリヤは、お姉さんたちが乱暴されたのだということを察した。
そして、これから自分も同じような目に遭うのだと思うと涙が止まらなかった。
陽が昇ると、ナタリヤたちを乗せた竜車はベレメンド村を離れ、ロハティンへと輸送された。
途中、檻には布が被せられ外からは見えないようにされた。
なぜか道中街道警備隊と思しき一団が竜車を護衛していた。
輸送している人たちは途中の休憩所に立ち寄り、酒を呑み、食事を取っていたが、ナタリヤたちには豆一粒も与えられなかった。
夜中にロハティンに到着すると、檻の中の女性は全員竜産協会の支部に連行された。
全員裸にされ、一列に並ばされ、選別を受ける事になった。
『商品』としてそのままでも売れる女性と、精神を壊さないと売れない女性に選別したのだというのを後でアリョーナから聞かされた。
ある意味ナタリヤは幸運だった。
ナタリヤは育てれば売れるという判断をされたらしい。
ダリアは幼すぎて当分商品にはならないという判断だった。
そこから数年ナタリヤとダリアは女性たちの世話係として地下で労働させられた。
最低限重要な部分が隠れる程度の極めて布面積の少ない服を着せられて。
そんなある日、ナタリヤは女性を買いに来た顧客と支部長スコーディルに会うことになる。
普段地下には来ないスコーディルが連れてきたのである。
その顧客もそれなりの身分の人物だとすぐにわかった。
後からアリョーナに特徴を話すと、家宰のヴィヴシアという人だと教えてくれた。
ヴィヴシアはナタリヤを購入したいと言って来た。
だがスコーディルはナタリヤをじっと見て、申し訳ないがあの娘は売約済みだと説明した。
同じような娘でダリアはどうかと紹介したのだが、ヴィヴシアはもう数年育たないとと難色を示した。
結局、ヴィヴシアは精神を壊された村のお姉さんを購入していった。
その数日後、ナタリヤはスコーディルに呼ばれた。
アリョーナと共に自分の身の回りの世話をしろと命令を受けた。
『身の回りの世話』の中には他人には言えないようなことも含まれていた。
死んでしまいたいと思うことは数えきれないほどあった。
だがその都度アリョーナが、生きていればきっと良いことがあるからと励ましてくれた――
ナタリヤには女性たちがどうして手足を縛り付けられたのかがわからなかった。
しかも全員口には猿轡をされている。
指示をしているのはアルディノというサファグン。
これからかなり厳しい光景を目にするだろうけど諦めずに看護して欲しいと、ナタリヤは直接アルディノから言われた。
アリョーナの顔を見るとかなり険しい表情をしており、どうやらアリョーナには何の事かわかっているらしい。
フリスティナ、アリョーナ、ナタリヤ、ロズソシャ、チャバニーの五人が中心になって、女性水夫たちと旅館の従業員に指示をして看護をすることになった。
医師も一人常駐しており、朝昼夜の三回女性たちの状態を確認している。
残念な事にビュルナ諸島に到着した時点ですでに事切れている人が数人いた。
その日の夜、ナタリヤは女性たちが手足を縛られた理由を知ることになる。
どの女性ももの凄い力で縛っている縄を引きちぎろうと大暴れしはじめたのだった。
しかも大声で奇声を発している。
それが夜通し聞こえた。
アルディノという人は、屋内の、それもかなり建物内部のサウナに女性たちを寝かせていたのだが、その意味がやっとわかった。
こんな声が外に漏れたら別の島のお客様が不安になってしまうであろう。
一晩中奇声を発し続け、女性たちは死んだように眠った。
朝医師が状態を確認すると数人はそのまま息を引き取っていた。
亡くなった女性たちはロズソシャとチャバニーが泣きながら旅館の外に運び出した。
こんな事がこれから暫く毎日続く、そう考えるとナタリヤは絶望感に打ちひしがれた。
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