第39話 脱出
奴隷商から救出した子供たち、竜産協会の支部の地下から救出した女性たち、それぞれ竜車ごと別々の軍船に乗せ一足先に港を出港させた。
後はヴァーレンダー公たちの乗る船の出港を待つのみである。
ヴァーレンダー公は艦橋でフリスティナとロハティンの街をじっと見続けている。
「貴殿の仲間たちはいかがしたのであろうな。一人くらいは戻って来てもよさそうなものであるに」
ムイノクたちと行動を共にしたロズソシャとチャバニーは先ほど一緒の軍船に乗り変えている。
だが、酒場で別れたテクチャ、カニウ、ロタシュエウが戻ってこないのだ。
三人はフリスティナの姉リュドミラと共に、ラスコッドに情報を流していた頃から共に活動している仲間である。
ロズソシャやチャバニーたちが、リュドミラの処刑を見て怒りで参加してくれたのに対し、いわゆるコアメンバーというやつであった。
リュドミラが処刑された後に、怒りで暴走しそうだったフリスティナをカニウが必死に諫めた。
暗殺団を結成し奴らを闇討ちしようと思うと言い出したフリスティナに、レジスタンスを結成した方が賛同が得られやすいと提案したのはテクチャであった。
ロタシュエウはマスター殺しの嫌疑で兄を拷問で殺されている。
似た境遇からフリスティナとは恋仲であった。
普段から万事屋に入り浸り情報収取をしてくれていた。
その三人のうちテクチャが万事屋に行き決起を呼びかけた。
実際ここぞというところで街中の数か所で火の手が上がった。
全てロハティンの闇社会を牛耳る者の邸宅であり、彼らの行動によるものだという事がわかる。
「申し訳ないがそろそろ限界だ。スラブータ侯の軍に合流している事を祈ろう」
ヴァーレンダー公はフリスティナの肩にそっと手を置いた。
「必ず生きて合流する言いよったのに……みんなで一緒に平和に暮そう言いよったのに……なして約束が守れんのよ……」
フリスティナは大粒の涙をぼたぼたと艦橋に落とした。
ヴァーレンダー公がフリスティナを慰めていると、突然その隣でマイオリーが無言で弓を構えて立った。
「一人帰って来た! だが公安に追われてる!」
見ると横貫通りから二本南に外れた通りを一人の男がこちらに逃げてきているのが確認できる。
フリスティナはテクチャと大声で名を叫んだ。
その声でロズソシャとチャバニーも船舷にやってきた。
テクチャは必死に逃げているのだが、公安にまさに追いつかれそうになっている。
マイオリーが矢を一本放つ。
矢は緩い放物線を描きテクチャの後ろに落ちる。
公安たちはどこから撃ってきたのかと一旦足を止め周囲をキョロキョロとする。
その間にテクチャは港に向かって逃げ出した。
ヴァーレンダー公は護衛のトロルに迎えに行くように指示。
マクレシュを除くトロル四人が船から降り、テクチャを救出に向かった。
トロルたちはテクチャの行方を遮った公安を後背から襲うと、退路を切り開き港へと走った。
テクチャはトロルたちに次いでタラップを駆け上る。
タラップの一番上でテクチャは周囲を見渡した。
「カニウとロタシュエウは? まさか二人ともやられちまったのか?」
息を切らせながらテクチャはフリスティナに尋ねた。
フリスティナが悲痛な顔で首を横に振ると、テクチャは何てことだと呟いた。
その瞬間だった。
テクチャがタラップから転げ落ちた。
マイオリーが港を確認すると、ロハティンの正規軍十数人が弓を構えてこちらを狙っていた。
よく見るとテクチャの背中には無数の矢が突き刺さっている。
すぐに四人のトロルはテクチャの遺体を回収しにタラップを駆け下りた。
港湾は軍隊の立ち入りが街の条例で禁止されている。
そこにロハティン兵を引き入れ矢を放たせたのは、公安のブロドゥイ警部補であった。
「ブロドゥイ! あの野郎!!!」
マイオリーは怒りを込めて矢を掴んだ。
弓に矢をつがえブロドゥイ目掛けて放つ。
だがその矢はロハティン兵によって防がれてしまったのだった。
マイオリーはさらに矢を放とうとしたのだが、船が出航し向きを変えてしまい狙いを定めることができなかった。
こうして三艘の軍船はロハティンを離れた。
マロリタ侯爵領を抜けビュルナ諸島へと向かった。
当然のようにロハティンの軍船が追撃をかけてきている。
マロリタ侯の軍船も合流し追撃をしかけてきた。
だが、サモティノ地区に入ったところでユローヴェ辺境伯の軍船とアルシュタの軍船を見て引き返して行った。
ヴァーレンダー公たちは一旦船をビュルナ諸島へと入港。
ヴァーレンダー公たちがロハティンに向かっている間、ラズルネ司令長官はヴァーレンダー公の書簡を持ってサファグンのヴラディチャスカ族長と会談を行っていた。
恐らくアルシュタと同様の状況であれば大量の麻薬中毒患者がいるはずである。
その者の治療を行いたいので温泉施設を接収させて欲しい、できれば最も源泉の温度が高い場所が望ましいと要請した。
ならばとヴラディチャスカ族長は一つの島を提供した。
湯治として人気の島であるから経営等を考えると貸したくはないのだが人命には代えられない。
ラズルネ司令長官はユローヴェ辺境伯にも会談を申し入れた。
恐らく負傷者が多数出るであろうから何人か医師を提供いただきたい。
軍医だけでは恐らく不足だと思われると。
ユローヴェ辺境伯は三人の医師をすぐにビュルナ諸島へと向かわせたのだった。
ビュルナ諸島に入港すると、すぐに竜車が二台降ろされた。
竜産協会の支部から救出された女性たちは、すぐに温泉宿のサウナへと運ばれた。
女性たちは湯浴み用の服を着せられ、手足を縛られ、口に猿轡をされ、厚手の布の上に並べて寝かされた。
奴隷商から救出された男性たちも別の温泉宿に運び込まれ、医師たちの治療を受ける事になった。
これらをザレシエが指示して水夫たちを手足のように操り行わせた。
ある程度指示が終わると、ザレシエはロハティンに潜入した者たちの安否確認を行った。
報告された内容にザレシエは己が目を疑った。
”負傷者無し”
スラブータ侯の軍に合流したホロデッツたちがどうなっているかわからないので何とも言えないが、ムイノクたちに負傷者が誰もいないというのは、任務の厳しさを考えたら奇跡に近いであろう。
ザレシエは、一仕事終え戦友たちと共に温泉に入って湯上りに一杯やっているムイノクたちの元へと向かった。
「ご苦労さま」
ザレシエも盃を持ってムイノクたちを労った。
「前にさ、オスノヴァ侯のとこでアテニツァと腕比べしたんだよ。コテンパンに負けちまってさ。何て強さだって思ったもんだけど、奴の師匠は化け物だったわ。そりゃあ、あの人に鍛えられれば、ああなるわな」
ムイノクが呆れ気味に盃を口に付けると、イボットも、あれは生物を超越していると笑い出した。
「まだ暫くここにいるんだろ? あの爺さんに俺たち、みっちりと指導受けようと思ってるんだよ」
ムイノクの言葉にイボットはわくわくすると嬉しそうな顔をする。
「あの爺さんであそこまでやれるんだ。俺たちだったらもっと強くなれるぜ、きっと」
イボットが大笑いして盃に口を付けた。
「あのアテニツァとクレニケを兄弟子と呼ばなきゃいけないのはちょっと癪だけどな」
イボットとムイノクは盃を傾けて大笑いした。
ザレシエはどうやらマクレシュは自分の提案を受け入れてくれたらしいと安堵した。
これで恐らくは、有事の際にはルガフシーナ地区もヴァーレンダー公の指揮下に入ってくれることだろうと。
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