第57話 訪問者
プリモシュテンはさすがに新しい都市だけあって不満や問題はそこかしこで噴出している。
それを各担当が個々人の才覚で処理し、それでも溢れるものはドラガンたち首脳に相談している。
だが不満や問題というものは新興都市だから発生するというものでもなく、多くの人が集まるコミュニティではごく当たり前に発生するものである。
むしろ各担当は非常に有能で、かなり柔軟に不平不満を解決していると言えるだろう。
それが証拠にプリモシュテン市にはベビーブームが到来している。
アンドレーアは毎日ヴィオレルに日光浴をさせようとあちこちに出かけている。
それを見た女性たちは可愛いヴィオレルを一目見ようと集まって来る。
若い奥さんというものは赤子を見ると次は自分だという思いが湧いてくるものらしい。
最初に懐妊したのはアリョーナだった。
まだマイオリーとは正式に結婚もしていないのに子供の方が先にできてしまった。
次にリヴネとオリガの夫妻に待望の子が授かった。
その数日後にはベアトリスも妊娠が発覚。
さらに数日後にはペティアも懐妊。
さらにプラマンタとヤナ夫妻も子が授かったのだった。
そんなお母さんたちに最も目をかけているのはアリサであった。
アリサは昔から非常に面倒見が良い。
新米お母さんたちだけじゃなく、女性たち全員の相談に乗ってあげている。
マイオリーが行商に逃げようとするのを襟首を掴んで教会に連れて行き、結婚式の日取りを強引に決めさせたかと思えば、ムイノクを家に呼んでアンジェラと一緒になってはどうかと縁談を持ちかける。
さらにはエピタリオンを家に呼びアサナシアの思いに答えてあげてとお願いする。
それ以外にも、ゾルタンとイヴェット、イボットとナタリヤ、コウトとマリーナ、チェレモシュネとダヤナをくっつけてしまった。
そんなアリサも第二子を懐妊。
おかげで身重のオルガから戸籍担当を引き継いだアルテムは、連日事務作業が大変なことになっている。
そんなめでたい事続きのプリモシュテンに招かれざる客が訪れた。
現在、町の治安維持は元山賊の首領チェレモシュネを責任者に、数人の元冒険者が巡回するという形で担われている。
巡回している元冒険者はロハティンの反乱軍だったフリスティナ、カニウ、ロナシュエウの三名。
最初に招かれざる訪問客に気付いたのはカニウであった。
訪問客が栽培している果物に勝手に手を付け、元山賊の農民と揉めている場面に出くわした。
今は農業に従事しているとはいえ、そこは元山賊である。
非常に気が荒い。
彼らは当初マチシェニのいう事もまともに聞かなかった。
マチシェニは気にせず一人で作業をしていたのだが、たまたまその光景を元副頭目のタロヴァヤが目撃した。
タロヴァヤはその光景に激怒し、畑にずかずかと入り込んで山賊たちを叱り飛ばそうとした。
するとマチシェニは弓を構え、タロヴァヤに威嚇射撃したのだった。
マチシェニが放った矢はタロヴァヤの頬をかすめた。
「そこは先日種を植えたばっかなんや。それ以上畑を荒らすんやったら、たとえパン・ベレメンドの命の恩人やとしてもただではおかへん! これは皆の命綱なんやぞ!」
畑を荒らさないだけ、そこでさぼってる奴らの方がマシ。
次同じ事をしたら容赦はしない。
マチシェニは頭ごなしにタロヴァヤを叱り飛ばした。
タロヴァヤは足元を見て素直に申し訳ないと謝罪。
かつての副首領が矢を射かけられ素直に謝罪しすごすごと退散した。
その驚愕の光景を見た山賊たちは、翌日からマチシェニを兄貴と慕い農作業に勤しんだ。
しかも徐々に作物が育つという光景が山賊たちの楽しみとなってきている。
花が咲いたと言っては大喜びし、葉っぱの色が変だと言っては慌ててマチシェニを呼び出している。
そんな手塩にかけて育てている愛おしい作物を、事もあろうにその訪問者は勝手にもぎ取り一口齧って捨てたのだった。
元山賊はそれを見て激怒、訪問客に街に立ち入るなと詰め寄ったのだった。
話を聞いて元山賊たちは次々に集まって来て訪問客を取り囲んでいった。
「貴様ら、こちらの方が誰だかわかっているのか! 非礼については目を瞑ってやるから、さっさとここに責任者を呼んで来い!」
訪問客の護衛と思しき者が元山賊たちを恫喝。
元山賊たちは、ふざけるな、さっさと帰れの大合唱であった。
そこにカニウが蛮刀を肩に担いでやってきたのだった。
元山賊たちは、カニウにここまでの出来事を訴えた。
カニウが冷静に判断しても、元山賊たちが怒るのも無理はないと感じた。
だが山賊たちのように、ただ帰れと言ってしまうと、それはそれで後々問題になりそうと感じる。
「申し訳ないのですが、どちら様でしょうか? この街はまだできたばかりでして。残念ながら例え国王陛下が行幸なされても気付かないありさまでして」
カニウが精一杯冷静に振舞うのを見て、山賊たちもただただ激昂した自分たちが少し恥ずかしくなった。
「知らぬというのなら仕方がないな。こちらにおわす御方は竜産協会の営業主任のタラシヴィカ様だ。わかったらお前のような三下じゃなく、さっさと責任者を呼んで来い」
タラシヴィカはもうあと数週間で収穫できそうという野菜たちを、もいでは捨てもいでは捨てしている。
それに山賊たちが怒りに震え暴発寸前となっている。
「左様でしたか。知らぬ事とは言え失礼いたしました。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
カニウは精一杯の作り笑いをしているのだが、タラシヴィカ一行は動こうとしない。
さらにタラシヴィカは野菜をもいでは捨てという行為をやめようとしなかった。
「一応、忠告いたしますが、ここの畑を管理している者は非常に狂暴でなおかつ弓の名手です。ここで密かに射殺されて畑の肥やしになりたくなければ、畑を荒らすのはおやめになった方が身のためかと存じます」
カニウの忠告にタラシヴィカは舌打ち、手が汚れたとばかりにバンバンと払うと、やっと畑から出たのだった。
一行はカニウに促されるままに工員宿舎へと向かった。
カニウは彼らを門の前に立たせ、門番のヤコルダに来客だと伝えた。
だがヤコルダは聞いていないと突っぱねた。
急な来客のようなのでバルタさんに報告してくると言ってカニウはヤコルダを説得し中に入った。
バルタはカニウから報告を聞き急いでザレシエの下に向かった。
ザレシエはパンに会わせてはいけないと即答であった。
ポーレさんに責任者になってもらうから、すぐに応接室にお通しするようにと指示した。
カニウは急いで玄関に向かったのだが少し遅かったらしい。
門の前でヤコルダは銛を抱えた状態で失神していた。
タラシヴィカ一行の護衛が三人かかりでヤコルダに暴行を振ったらしい。
ヤコルダは何発も殴られたらしく鼻から血を流していて、顔は原型がわからないくらい腫れている。
「そいつがいけねえんだよ。通せって言ってるのに通さねえからよ。こちらの方を誰だと思ってるんだ。さっき教えてやっただろ!」
護衛の一人がカニウに啖呵を切った。
ヤコルダの状況を見て、カニウはこのまま彼らを応接室に入れたらまずいと判断した。
カニウはタラシヴィカ一行を無視し、工員宿舎の二階に駆けあがり、中央棟の端まで走って鐘を打ち鳴らした。
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