【完結】抗竜記 ～発明少年、竜世界に抗う～

第58話 撃退

「どげんしたんやカニウさん、敵襲ん鐘なんか鳴らして」

　リベセンが得物の槍を片手に駆けつけてきた。

少し遅れてアテニツァとクレニケもそれぞれ武器を手に駆けつけた。

「敵襲だ！　建物の中に進入された！　護衛三人貴人一人、表向きは客人だ、追い払ってくれ！！」

　アテニツァは二人に顎で合図すると、中央棟入口へと向かった。

　建物内部からは何かが破壊される音が何度も響きわたってくる。

玄関には暴行を受けたヤコルダが倒れている。

「これはんまぐね状況だぞ……」

　アテニツァはヤコルダの状況を見て呟いた。

　三人は急いで破壊音のする方に駆けつける。

音の発生元はザレシエの執務室で、奥ではヤコルダ同様ザレシエが暴行を受け倒れていた。

部屋は荒らされ、めちゃくちゃの状況である。

「何だこの街は。我々は竜産協会の者だぞ？　どこの村も貴族以上の好待遇でもてなすものを。こんな扱いをして良いのか？　我々が竜を売らないと言ったら、お前たちは竜が利用できなくなるんだぞ？」

　タラシヴィカは、何個も宝石のはまった手で自慢の口髭を触りながら愉悦の表情を浮かべている。

　アテニツァは鉞を構え無法者たちを睨んでいる。

クレニケも二枚の板斧を両手に持ち迎撃の構えをしている。

リベセンも槍を構えているが、まだアテニツァたちから稽古を受けている途中であり、実戦経験が圧倒的に足らず、恐怖で槍の穂先がプルプルと震えている。

　タラシヴィカの護衛三人もその事に気付いたらしい。

三人の視線はリベセンに注がれている。

　三人の護衛は互いに目配せすると、武器を手に一斉にリベセンに襲い掛かった。

　だがアテニツァは実に冷静にリベセンの槍の前に立ち鉞の刃を上に右回りに鉞を振う。

最も先行した護衛の片刃刀が鉞に弾かれ天井に突き刺さる。

アテニツァは今度は鉞を槍のように扱い、護衛の首を突き後ろに突き飛ばした。

　残りの二人の護衛は、武器を手に少し後ずさり距離を取った。

「お前たち、何をしている！　あんなガキ共、さっさと殺してしまえ！　遠慮なんぞいらん！」

　タラシヴィカはそう言うのだが、護衛たちは別に遠慮をしているわけではない。

純粋にアテニツァが強いのだ。

このまま二人掛かりでも勝てるかどうか。

　しかもあの状況でクレニケは一歩も動かなかった。

それはつまり、もしアテニツァをすり抜けてもリベセンには攻撃させないという自信があったということであろう。

「ええい！　何をしている！　さっさと斬り殺さぬか！　お前たちの武器は飾りなのか？　帰ったらクビにするぞ？」

　タラシヴィカに叱責され、二人の護衛は武器を手に、じりじりとだがアテニツァたちに近寄っていく。

だが、あの微動だにしない突き出された鉞から感じる威圧が半端ない。

「アテニツァ！　奥の奴以外は刻んで鮫（ふか）の餌にするからやっちまって良いぞ！　奥のやつも喋れる状況なら手足をもいでも構わん！」

　後方からそう声が聞こえた。

わざわざ振り返らずとも声で誰かわかる。

ポーレの声である。

「んでも、この人、どごがの偉え人でねえんだが？　ほんに殺してすまって良いんだが？」

　クレニケが前を向いたままポーレに確認を取った。

「構わん。彼らはここに来る途中で『行方不明』になったんだ。この態度だ、国内各地で恨みを買っているだろうからな。そういう事もあるだろう」

　クレニケは頷くと、アテニツァの横に進み出た。

アテニツァが鉞を刃を下にして斜め上に、クレニケは二枚の板斧を前後に構える。

　先ほどとは逆にクレニケが雄叫び発し護衛に向かって行く。

クレニケの初撃は護衛の一人の両刃剣で弾かれる。

二撃目は、もう一人の幅広刀によって防がれる。

三撃目、弾かれた斧を再度最初の護衛に叩き込む。

　あまりの攻撃の激しさに、二人の護衛は防戦一方である。

たった一人のトロル、それもまだ小僧という年齢のトロルの攻撃を、大の大人二人掛かりで必死に防戦している。

その時点でタラシヴィカも、どうやらこのトロルがかなりの手練れだという事に気付いたらしい。

　このままでは四人まとめて本当に鮫の餌にされかねない。

タラシヴィカは一歩、また一歩と後ずさる。

　タラシヴィカはザレシエの執務室に逃げ込んだ。

三人の護衛も執務室に入っていった。

　クレニケも走って執務室に飛び込もうとしたのだが、扉を前に足を止めた。

アテニツァも駆けつけたのだが、同じく扉を前に足を止める。

　不審に思ったポーレはリベセンと共にザレシエの執務室に向かった。

すると、そこには気を失っているザレシエの首に短剣を突き付けるタラシヴィカの姿があった。

「こいつを殺されたく無ければ我々を無事に解放することだ。これは脅しじゃないぞ」

　タラシヴィカは少し低い声で脅迫した。

「どうします？　こいづら片付げる事はでぎますども、ザレシエさんが怪我するがも」

　ポーレもどうしたものかと悩んだ。

ここでザレシエを失うわけにはいかない。

「わかった！　解放してやるから人質を離せ！」

　ポーレはタラシヴィカに叫び、クレニケとアテニツァに道を開けるように指示した。

だがそれがいけなかった。

タラシヴィカはこの人質にはそれだけの価値があると察してしまった。

「解放してやるから我々の路銀を用意しろ！　ありったけの金をだ！　さっさとしろ！　こいつを殺されてもいいのか！」

　その時、ムイノクが駆けつけてきて、明り取りの戸を全開に開放した。

ポーレにはそれに何の意味があるかわからなかったが、どうやらアテニツァとクレニケにはわかったらしい。

二人は武器を構えたまま入口から一歩引いた。

「おい！　こいつが殺されても良いのか！　おらっ！　お前らも武器をこっちによこせ！」

　そこまで言うとタラシヴィカは絶叫の雄叫びを上げた。

何事かとポーレが執務室内を見るとタラシヴィカの右肩に深々と矢が突き刺さっていた。

窓の外を見ると、垣根の上でマチシェニが弓を構えてこちら睨んでいる。

　さらに絶叫が響き渡る。

今度は何だとポーレが再度執務室内を見ると、アテニツァとクレニケが室内に突入し、三人の護衛を切り殺していた。

「ご苦労様。そいつは縛り上げておいてくれ。それとその三人の遺体は鮫の餌にしておいてくれ」