第59話 判明

「どうして? あなたがおらんようになったら、私、どうやってあの子育てていったら良えのよ!」


 診療所にやってきたベアトリスは、病床で横になるザレシエにすがりついて大泣きしだした。

何でうちの人がこんなことに、何で、何でと泣きわめいている。


「あの……ベアトリス、非常に言いづらいんだけど、ザレシエは死んだわけじゃないよ? 気絶して寝てるだけだから」


 ドラガンに指摘され、ベアトリスはきょとんとした顔でドラガンの顔を見てる。

両手で手を握ると暖かい。

どうやら本当らしい。

ベアトリスは、ほっと安堵しその場にへたり込んだ。



 惨劇の後、ザレシエとヤコルダの二人は診療所へ運ばれて治療を受けて静かに寝ている。

幸いザレシエは全身の打撲だけで命に別状は無いらしい。

ヤコルダの方は、脇腹辺りの骨が折れているかもしれないとのことだった。


 それでも二人とも無事だとわかり、ドラガンも一安心であった。




「あの人、普段は無口で大人しいんだけど、怒らすと多分この街で一番気が短いと思う」


 バルタは会議室でマチシェニをそう評した。


「ああいう普段大人しい人ほど、一度怒ると手が付けらないもんだよ。ああいう人を怒らせたやつが悪い」


 自業自得だとポーレは不貞腐れた顔で言い放った。


 アルディノは苦笑いして二人を見ている。


「そんなことよりもだ。問題はこれからどうするかだな。あいつをどうすか、竜をどうするか、それと……今後来るであろう侵略者にどう対処するか」


 会議の進行役であるポーレが二人に尋ねた。

普段であれば、こういう場合ザレシエが会議の主導を取って皆にどう思うかという感じで聞いていくのだが、残念ながらそのザレシエが診療所で伸びている。

さらにザレシエのお見舞いでドラガンも不在。

何とか三人でそれなりの方向性を考えるしかないのだ。


 だがタラシヴィカと竜の件は全く案が出なかった。

侵略者への対処についてはアルディノからちょっとした提案があった。


 現在、街の警備を担当しているのは、フリスティナ、カニウ、ロタシュエウの三人。

そこに治安維持ということでチェレモシュネとムイノクが揉め事を解決している。


 見回りはしているものの、この広い街を三人で巡回というのはいささか無理がある。

北街道の西側に櫓を建て、リベセンとヴィクノの二人を交代で見張りに立ててはどうか。


「何で西側だけなんだ? 西側って言えばマーリナ侯爵領の領府のある方向だぞ?」


「ランチョ村じゃ。来るとしたらあそこからじゃろ?」


 バルタの問いにアルディノは即答だった。

アルディノの発言で、竜産協会の北の拠点ランチョ村がマーリナ侯爵領のすぐ南にあるのだということを思い出したのだった。



 三人は改めて、今回の件が今後どういうことになるかについて話し合った。


「あの豚はどこや? 生きてるんやろ?」


 三人は会議室の入口を一斉に見た。

そこには顔に包帯を巻いたザレシエが立っていた。


「おい、大丈夫なのか? 今日一日は診療所で寝てた方が良いんじゃないか?」


 バルタは痛々しい姿のザレシエを心配した。

だが、ザレシエにはそんな言葉は聞こえていないかのように充血した目でバルタを見た。


「ちょうど良い機会や。『奴ら』の黒幕が誰なんかあの豚から聞き出したる」


「聞き出すってどうやって? そう簡単には喋らないと思うぞ?」


 バルタは自分の発言を酷く悔いた。

ザレシエの目は、これまで見た事もない厳しいものだった。

恐ろしく冷酷で身も凍るような目であった。


「拷問して口を割らせたる」




 くちゃくちゃになったザレシエの執務室に縛られたタラシヴィカが連行されてきた。

ザレシエは連行してきたリベセンに桶一杯の水を持って来るように命じた。


 ザレシエはタラシヴィカに竜産協会の本部の人事を吐けと恫喝。

だが、タラシヴィカは包帯だらけのザレシエを馬鹿にしてにやけているだけだった。


 ザレシエはリベセンに、タラシヴィカの顔を上にして頭を固定するように命じた。


「喉が渇いて喋られへんのやと思うから、水を飲ましたる。飲んだら素直に喋るんやで」


 ザレシエはタラシヴィカの喉を軽く締めた状態で口に水を流し入れた。

水を飲みこもうにもザレシエが喉を押さえていて飲み込めない。

口に水があるせいで呼吸ができない。

水を吹き出そうと頭を振ろうにも頭は固定されている。


 タラシヴィカの顔がみるみる赤く染まっていき、額に何本も青筋が立った。


「おっとすまんすまん。首に手を当ててもうてたわ」


 ザレシエが手を離すと水が喉の中に落ち、タラシヴィカは咳込んだ。


「お前ら、こんな事してタダで済むと思うなよ!」


 タラシヴィカは精一杯の啖呵を切った。


「この水な、山の湧き水でな。どこか甘味がある気がすんねん。好きなだけ飲んでくれて良えからね」


 タラシヴィカの啖呵を聞いて、ザレシエは嬉しそうに口元を歪めた。

その顔を見たリベセンは、絶対にこの人だけは怒らせないようにしようと心に誓った。





「あいつが全部吐いた。竜産協会で悪事を主導しとるんは総務部長をしとるエイブラス・ディブローヴァいう男や。それともう一人、営業統括のマクシム・コノトプ。この二人が奴隷商売を一手に行っとるそうや」


 ザレシエは会議室に来て紙に書いた竜産協会の裏の組織図をドラガンたちの前に差し出した。


「あのタラシヴィカいう奴は、ランチョ村の営業なんやけども、本部からの指示で様子を見に来た者やった」


 竜産協会の本部は、ロハティンの支部長スコーディルが殺されたことで、何があったのか公安に報告させたらしい。

公安のブロドゥイという警部補が、ドラガンの一味がヴァーレンダー公と共にロハティンに乗り込んで来て、スコーディルと奴隷商のヤニフを殺害した事を報告した。

ランチョ村からサモティノ地区に営業に行っている者に、エモーナ村の連中はどこに行ったのか調査をさせたところ、このプリモシュテン市の事を知ったのだそうだ。


「それと、思うた通りやった。ロハティンの闇の組織たちは竜産協会の本部の傘下の組織やったんや。そしてロハティンの公的な機関はその闇組織に篭絡されとったんや」


 タラシヴィカは、組織図までは知っていたが、どうやってブラホダトネ公を篭絡したかまでは知らなかった。

だが、恐らくは女性だろうと言っていた。

ブラホダトネ公は小児性愛の趣味があるらしく、奥さんがいるにも関わらず、頻繁に竜産協会の支部に来てスコーディルの用意した少女を欲望のはけ口にしているらしい。

少なくともランチョ村では比較的有名な話なのだそうだ。


「こいつはやばい事になったで。あの豚は罪人や言うてマーリナ侯に引き渡すとして、確実に村に刺客を放たれる。皆を集めて不審者がおらんか注意してもらわな」

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