第56話 体制

 翌日、ドラガンはザレシエを執務室に呼んだ。

昨日ザバリーから言われた話をし、ザレシエはどう思うかと尋ねた。


「私をここに呼んだいうことは、一人は私いうことなんでしょうか?」


 ドラガンから見て『腹心』といわれ真っ先に思い浮かんだのはザレシエなのだ。

だから一人はザレシエで確定だと考えている。

だがザバリーの話では人数は奇数が良いと言っていた。

さらに最小の人数を心掛けよと言われている。


「できればパンの案を聞きたいですね。大方針を聞かなアドバイスしづらいです」


 まずは意識合わせ。

そもそも『パン・ベレメンド』ことドラガンがこの街をどういう体制で統治したいのか、ザレシエは何も聞かされていないのだ。


「五人くらいの合議が良いんじゃないかって思うんだよね。で、ザレシエとバルタの二人は決めているんだ」


 残り三人を誰にしようかで悩んでいる。

ドラガンの発言を、ザレシエはかなり意外だと感じた。

まずドラガンが人数に入っていない。

それとポーレが入っていない。


 ザレシエは自分ともう一人を誰にするかで悩んでいると思っていたのだ。

ポーレとバルタ、どちらにしようと悩んでいるのかと。


「いくつも聞きたい事はあるんですけど、何にも置いて聞きたい事が。何でパンはその中に入ってへんのです?」


 ザレシエに指摘されドラガンは眉を掻いた。

その表情はまるで悪戯がバレた子供のそれであった。


「実は僕、ちょっとやりたいことがあるんだよ。船を自動で漕ぐ装置を作りたいんだ」


 ドラガンは、これがその装置だと三枚の紙をザレシエに見せた。

ザレシエはその絵を食い入るように見たのだが、毎回のごとく全く意味はわからない。


 確かにこれを作り出すためにはドラガンの力が必須だろう。

だが街の統治体制にもドラガンは必須なのだ。


「こっちの方もその首脳で検討したら良えんと違いますか? 少なくともこの街の統治に今はパンは外せへんと思いますよ」


 ドラガンは渋っているのだが、ザレシエは再度、パンが入っていないのはありえないと念を押した。

するとドラガンは口を尖らせて嫌々承諾した。


「それと何でポーレさんは入れてへんのです? 少なくとも今集まってる者たちは、ポーレさんも必須やと思うてると思いますけど?」


 ドラガンも実は当初はザレシエ、バルタ、ポーレ、マチシェニともう一人と思っていた。

ただそうなると、エモーナ工業と農地の発言力が強くなりすぎると感じた。

それにその四人だと、どう考えても最後の一人は自分を入れられそうだし。


 そうぼそぼそと言い訳するドラガンをザレシエはじっとりとした目で見た。


「自分が嫌やから人に押し付けるいうんは感心しませんね。アリサさんからそう怒られませんでしたか?」


 ドラガンは口を尖らせ、無言で抗議をしている。

だがザレシエの目には、その抗議は映らない。


「パン、私、ポーレさん、バルタ、その四人からバランスを考えると、残りの一人はマチシェニやなくエルフ以外の亜人が良えと思います。プラマンタ、ゾルタン、アルディノあたりはどうでしょう?」


 ザレシエの推薦はプラマンタ、ドラガンの推薦はアルディノだった。

プラマンタ、アルディノ共に一長一短ある感じで、二人の意見も平行線であった。

結局二人はポーレを呼び、最後の一人は三人の中からポーレに決めて貰おうということになった。


 ところがポーレが選んだのはゾルタンであった。

ゾルタンはドワーフの族長屋敷で執事をしていた。

であれば、その三人の中ではゾルタンが適任という意見であった。

同じ執事経験者でもプラマンタより真面目だろうと。


 結局、バルタにも来てもらい選んでもらう事になった。

バルタも正直その三人なら誰でも良いと思っている。

そんなバルタが最終的に選んだのはアルディノだった。


 この街は今までにない取り組みによって富を築こうという風潮ができつつある。

その三人の中でその風潮が一番近いのはアルディノだろうということであった。



 市内に五人による共同統治という体制になることが周知された。

困り事や直訴したい事があれば遠慮なく言ってきて欲しいと五人を代表してドラガンが話をした。




 それから半月後。

最後のエモーナ村からの移民者がプリモシュテンに到着した。


 マチシェニの妻アンドレーアと長男のヴィオレル、アンドレーアの身の回りの世話を焼いていたイリーナ。

そして中年の男性とその家族が乗っていた。


 中年の男性は船から降りると、真っ直ぐポーレの両親の元へ向かった。


「私たちも来てしまいましたよ。向こうはもう人が少なくて、干上がってしまいそうですからね」


 中年男性の名はマイコラ・ベールシャジ。

エモーナ村で医師をしていた人物である。

ちなみに妻のマルガリタは産婆である。


 ベールシャジは村唯一の医師なのだが、患者の多くは漁師やその家族とあって、いう事を聞いてくれない事が多い。

その為どうしても口調が荒くなる。

だがそれはいう事を聞かない大人たちに対してだけで、若い女性や子供たちに対しては非常に優しい態度で接している。


 先代のドゥブノ辺境伯は年々診療税だの薬剤税だのといって税を増やしていた。

医師といえど商売であり、診療代が高くなれば患者が来なくなってしまう。

そうなれば手遅れになることもあるし、患者が少なくなれば収入が減ることにもなる。

その為、診療費は値上げをあまりせず、自分の収入を削って頑張っていた。


 バルタが統治を行っていた頃は医療は福祉だからと税は取らないという方針だった。

逆に、福祉であるから領内の経済状況が良くなれば補助金を出すとも言ってくれていた。

だがバルタが追放になると診療税と薬剤税が復活した。


 実はベールシャジは、かなり初期の段階でプリモシュテン行きを決めていたらしい。

人の営みに医師はかかせないだろうからと考えていた。

本来はマチシェニたちと一緒に村を出ようとしていたのだ。


 だがアンドレーアが身重で船旅は危険ということになり、では出産後に一緒に村を出ようということになったのだった。


 すでにマーリナ侯が派遣してくれた医師がおり、北街道近くのエモーナエリアに診療所が建っている。

ナタリヤとダリアはそこで看護師として働いている。

ベールシャジも翌日からそこで勤務することとなったのだった。

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