第55話 尋問

 翌日、ポーレはドゥブノ辺境伯の屋敷に行き、家宰のバルタに先日の件を報告した。

バルタは執事たちに村をまわってもらい傷つけられた行商を探した。

驚いた事に、街道警備隊に襲われた行商隊は一人だけではなく六人に及んでいた。



 最初に街道警備隊に襲われたのは今年の春頃の事らしい。

行商を終え街道を帰っていた時の事だった。

突然、前方から現れた街道警備隊に呼び止められた。


 通常、行商隊はそれとわかるように各領主の家紋を竜車に掲げる事になっている。

行商は村単位で行われているが、名目上は『領主の使い』という事になっているからである。

もし何かあれば、それは領主に対する行為と同じ事になる。

当然、行商隊も領主の代理として恥ずかしくない行動が求められる。


 彼らもしっかりとドゥブノ辺境伯家の家紋である『円を描く海蛇』を掲げていた。

にも関わらず問答無用で竜車を停めさせられたのだ。


 行商人全員が呼び出され横一列に並ばされた。


「ドラガン・カーリクが、お前たちの村もしくは近隣の村にいるはずだ」


 警備隊の小隊長と思しき者が、行商人たちの表情を確かめるように一人一人見ていった。

行商人たちが首を傾げて顔を見合わせていると、隠し事はしない方が身のためだと脅された。

行商人たちはその人は誰なんだと言い合った。

今年の春頃では、まだエモーナ村くらいしかドラガンの事は知らない状況だったのだ。


 行商人たちの一人が何を言っているかわからないと苦笑いすると、小隊長はその行商人の前に来て思い切り頬を殴りつけた。

その光景を見た護衛たちが一斉に竜車から飛び出し、武器を取って行商人たちの前に立ちはだかった。

小隊長は舌打ちすると、ドラガン・カーリクがいたら情報を提供しろと言い残して引き上げていった。



 行商人はこの事をすぐにユローヴェ辺境伯に報告した。

本来であればドゥブノ辺境伯に報告するところなのだが、あちらには報告するだけ無駄だと判断した。


 ユローヴェ辺境伯は行商人たちに、その件をどう感じたか尋ねた。

行商人たちは、カーリクとやらがどんな人物か知らないが街道警備隊の行動は論外だと怒り心頭だった。


 翌月も同様の出来事があった。

さらに翌月も


 その月はエモーナ村の惨劇の直後だった。

街道警備隊はエモーナ村の反乱を主導したのは誰だと行商人に聞いてまわった。

その時の行商人たちは詳細は聞いていないを通した。

既に行商人たちの間には街道警備隊に対する悪い感情が広まりきっており、協力するという気は一切無いという状況であった。


 その態度に小隊長は苛ついたらしい。

剣の柄に手をかけ、無事村に帰りたくは無いのかと脅した。

行商の一人がそれはどういう意味だと叫んだ。

それを合図に護衛たちが竜車から飛び出して来た。


 結局この時も街道警備隊は渋々引き下がった。


 翌月、その翌月と同様の事があった。


 そして数日前、また行商人が街道警備隊の呼び止めに遭った。

この時の行商隊の中にエモーナ村の三つ隣の村の行商人がいた。

過去五回では幸運なことにエモーナ村の周辺の行商人はいなかった。

六回目にして、不幸にも、ついに事情を知る者が引っかかってしまったのだった。


 小隊長はすぐにその者の態度が他の者と違う事に気が付いた。

その者を残し他は行って良いと許可を出した。

だが、ここでこの行商人を残せば確実に殺されると判断した行商人たちは、それはできないと断った。

すると小隊長は行商人たちを突然拘束。

竜車から飛び出して来た冒険者たちだったが、行商人たちは剣を首筋に当てられており抵抗ができなかった。


 小隊長は行商人に『尋問』を開始。

知らないと答えるたびに殴りつけた。

答えずにうめき声をあげていると剣を体に刺された。

徐々に行商人は血だらけになっていった。

あまりの凄惨さに冒険者たちですら目を反らした。

ついに行商人は、名前は知らないがエモーナ村のスミズニーという親方の家に流れ者がいると証言してしまったのだった。


 街道警備隊が去った後、行商人はすぐに怪我の手当を受けたのだが、怪我が元で高熱が続いており未だに布団から起きられないでいる。

それでも余程この事が悔しかったのだろう。

涙ながらに執事に語ったのだそうだ。



 もし街道警備隊がエモーナ村にやってくるようであれば、ユローヴェ辺境伯の軍、サファグンの軍と共闘するという盟約ができている。

さらにマーリナ侯も派兵すると言ってくれている。

まずユローヴェ辺境伯が気づくだろう。

すぐに連絡が来ることになっており冒険者が集められる事になっている。

ドゥブノ辺境伯軍の指揮は自分が執るが、できれば別動隊の指揮のためにポーレも参戦して欲しいとバルタは依頼した。



 三日後、バルタはマーリナ侯、ユローヴェ辺境伯、サファグンの族長に連絡し、指揮官級の人物に屋敷に来てもらった。

マーリナ侯爵領からは家宰のデミディウとコスティウチ将軍がやってきた。

ユローヴェ辺境伯領からはユローヴェ辺境伯本人と分隊長としてカルッシュという将軍がやってきた。

サファグンは騎士団長のチェペラレと副団長のルキがやってきた。


 軍事会議はバルタとポーレが主体となって行われた。

ただバルタはそこまで軍事に精通しているわけでは無い。

軍略に関しては、英才教育を受けてきたポーレの方がよほど詳しい。

ポーレはドラガンとザレシエにも出席してもらい、気付いたことがあれば発言してもらう事とした。


 ポーレは材木の買い付けで何度も街道を通行しており周辺の地形は熟知している。

なるべくなら味方の損害を少なく壊滅的な被害を与えたい。

だがサモティノ地区周辺は平坦な地形が多く、地形を利用して戦うということがかなり困難である。

利用できるといえば川くらい。

その川ですらそこまで川幅がない。


 ユローヴェ辺境伯は相手の戦力はどの程度と予想するのかと尋ねた。

カルッシュ将軍の話では、街道警備隊だけではそこまでの数では無いという事だった。

ロハティンに本部はあるものの、街道周辺の貴族からの共同出資という形で運営されている。

それなりの運営費は集めているが上層部が掠め取っており本来の隊員数を維持できていない。

しかも集まった隊員も本来の給金を払われていない。

上層が腐っているため下層も腐っており、街道で恐喝をしているような状況である。

つまり士気は低いと見て良い。



 問題は二点あり、一つは街道警備隊の騎兵率の高さである。

もう一つは街道警備隊以外の部隊の参戦。

ロハティン軍が帯同したらどうあがいても勝ち目は無い。


 一同の意見では、ロハティン軍は参戦しないという見方が大勢だった。

理由はいくつもあるが、そもそもロハティン軍は王国の正規軍であり貴族の領兵ではない。

正規軍を動かすには国王の承認が必要で、その前に臨時会議で提案がされなければならない。

これは国法であり事後承認はありえないのである。

現状でその提案が議会に提出されていない以上、限りなく可能性は無いと言って良い。

ただし、ロハティン総督だから全く可能性が無いとは言えないだろう。


 もしロハティン軍が少しでも帯同しているようであれば、その証拠を掴みアルシュタ総督に報告するという事になった。

例え我らが敗北したとしても、国軍を勝手に私用で動かしたとあれば国家の一大事である。

もはやどんな言い逃れもできず、ロハティン総督は刑死が確定する。



 そこから一同は、どこを戦場にするか、どのように戦うかを一日かけて議論した。

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