第56話 軍議

 ロハティン軍は参戦しないだろうが街道警備隊のみで攻めてくるとも考えにくい。

それが会議に参加した者の一致した見解であった。

だとすればどこかの貴族の軍が参戦するという事になる。


 一番可能性が高いのはオラーネ侯だろう。

だがオラーネ侯は大陸の南部の貴族であり、大陸北部まで私兵を動かせば非常に目立つことになる。

さすがにそれは、途中のスラブータ侯あたりに侵攻を疑われ面倒な事になってしまうだろう。


 ではオラーネ侯の代わりに誰が帯同するか?

ユローヴェ辺境伯とポーレ、デミディウの見解はマロリタ侯であった。


「マロリタ侯軍が帯同するとしたら、数においては若干こちらが不利といったところか」


「街道警備隊は竜騎兵が多く兵の武装が違いますよ。歩兵揃いのうちらは圧倒的に不利とみて良いでしょうね」


 ユローヴェ辺境伯がカルッシュ将軍と言い合っている。

もし帯同するのがマロリタ侯軍だけなのであれば、マーリナ侯軍が来れば数では圧倒できるだろう。

だが敵がいつ来るかわからない以上、準備はできるだろうがどうしても後手後手に回らざるをえない。

つまりはマーリナ侯軍が来るまでサモティノ地区の三軍だけで敵を抑えないといけないという事である。

それが二人の展望であった。


 それまで黙っていたザレシエが問題はそんなところではないと言い出した。


「先ほどカルッシュ将軍は、街道警備隊は給料が満額払われて無くて士気が低いはずや言うてましたよね?」


「ああ言った。だから、そこまで精強じゃないかもしれないとは思うんだ。そこに勝機があるんじゃないかとね」


 ザレシエはカルッシュ将軍の気分を害さないように言葉選びに気を使った。

 

「そんなん向こうの隊長やって百も承知やと思うんですよね」


「……なるほど、特別報酬を出して補うくらいの事はしてるかもしれんだろうな」


 カルッシュ将軍の見解にザレシエは目を閉じ首を横に振る。


「戦う前に報酬出すアホはおらんでしょ。普通に考えて餌を前にぶら下げるんと違いますかね?」


 ザレシエの言葉にカルッシュ将軍がガタンと椅子から立ち上がる。

ユローヴェ辺境伯も表情を険しくし、机上で両手を組み睨むような目でザレシエを見る。


「略奪か……」


「……恐らくは」


 露骨にユローヴェ辺境伯の顔色が変わった。

侵攻路の関係上、ユローヴェ辺境伯領が最も可能性が高いと思われるからである。

何か良い案は無いか、ユローヴェ辺境伯はザレシエに尋ねる。

ザレシエは渋い顔をし、残念だが略奪を防ぐのは極めて困難だと思うと答えた。

隊員たちにしてみたらドラガンの事などはどうでも良く略奪が主目的になるだろう。


「なぜ、本来の目的が略奪だと考えるのだ?」


 デミディウが静かな口調でザレシエに尋ねる。

ザレシエは顎に左手を当て、右手をデミディウに見せた。


「来るならもうとっくに来とるでしょ。でも、ここに来てそういう企てをしてきた。それは、ここに来てうちらが羽振りが良うなってきたからやないでしょうかね?」


「そうか! 漆細工か!」


「サモティノ地区の漆細工の評判が密かに上がってきて、一年前より略奪する価値が出たと考えたと違いますかね?」


 見事な推測だ。

デミディウはザレシエを褒め称えた。



 街道警備隊が略奪してくるとしたら、恐らくはサモティノ地区の西端の村からだろう。

略奪している間は無防備になる。

そこを襲えばそれなりに勝機はあるだろう。

だがそれでは、サモティノ地区の三軍が駆けつける間にどれだけの村々が被害に遭うかわかったものではない。

なるべくならユローヴェ辺境伯領とドゥブノ辺境伯領の境くらいを戦場にできるのが望ましい。


 じゃあどうするか?

ザレシエの案は『焦土作戦』だった。

幸いなことに麦畑は収穫をほぼ終えている。

であれば、これから暫くユローヴェ辺境伯領の村民は財産をサファグンに預かってもらい、麦一粒も略奪できないようにしておく。

また年頃の女性と子供は暫くの間ドゥブノ辺境伯領に疎開していてもらう。

村民は冒険者に守られながら東に東に逃げてもらう。

その先で迎撃する。


「……村の復興が大変だな」


 作戦案を聞いて、ユローヴェ辺境伯がうんざりといったような表情をした。

そんなユローヴェ辺境伯を慰めるようとポーレが意見を述べた。


「人が無事だったらいくらでも村の復興は叶いましょう」


「今後、行商もままならんかもしれんというのにか?」


 ユローヴェ辺境伯の指摘にポーレは反論ができなかった。

だが、ザレシエが代わりに反論した。


「麦の提供が細ったら何やあったと多くの人が思ってくれるんと違いますかね? 恨みは街道警備隊に向くと思いますけど?」


「なるほど。それはあるな。必要なら向こうから買い付けに来てくれるかもしれんしな」


 ザレシエの説明にユローヴェ辺境伯は頭の中で簡単に計算をしてみた。

確かにザレシエの言うように他の商品と違い麦は食卓には必須の植物である。

家宰のトロクンに相談してみないと何とも言えないが、顧客の方から困って買いにやってくる可能性はあるだろう。


「もし余ってもうたとしても、こちらは余剰の麦は酒に加工してまえば済む話ですしね、それに……」


 ザレシエは話をあえてそこで区切って、ユローヴェ辺境伯たちの興味を惹いた。

ザレシエはユローヴェ辺境伯に不敵な笑みを見せる。


「向こうから来てくれるんやったら足元が見れるんと違いますかね?」


 なるほどなと、ユローヴェ辺境伯は笑い出した。

バルタはザレシエの顔を見て、これがザレシエという男かと感心した顔をしている。




 迎撃の準備を着々と進めていたある日の事、ユローヴェ辺境伯の元に衝撃的な報告がもたらされる事になった。


 ロハティンでは例の竜盗難事件以降、行商たちの売上が全体的に激減している。

原因ははっきりしている。

行商が店舗を頻繁に閉めているからである。

これまでだと、行商人に何かあって店番できない時には御者が代わりを務めたりしていた。

ところが、竜産協会が竜を盗んでくるという噂があの一件以来消えずに燻り続けており、御者は四六時中竜房を監視しているのである。


 当然そうなると自由に使える金は少なくなり、ロハティンの街の施設の利用頻度も減る。

特に競竜場は悪評が広がりきっており、行商隊は誰も近づかなくなった。

これまでロハティンの手厚い福祉の原資は、その多くが行商の店舗使用料と競竜場の売上であった。


 昨年までは、徐々に噂は風化していくだろうから財政は回復していくだろうと予測され、福祉制度はそのまま継続されていた。

だが今年に入りついに来なくなる行商隊がでてきてしまい、一部の福祉制度が廃止になる事が公表された。


 ただでさえここ数年行商の店舗の品揃えが悪化しており不満が溜まっていた。

そこに福祉サービスの終了が告げられ、ついに市民たちの怒りは爆発。

総督府前に市民が集結する事態に発展してしまった。


 市民の前に立ったロハティン総督のブラホダトネ公は市民に向かって謝罪演説を行った。

だがその内容は非常に問題があった。


 昨今、行商たちが商売がやりにくいと見えて取引額が減ってしまっている。

そのせいか行商たちはロハティンの施設をあまり利用しなくなってきている。

福祉サービスは彼らが『ロハティンの施設を利用することで納められる税』によって賄われており、この税が減ってしまった以上、福祉サービスが手薄になるのはやむを得ない事なのである。

だが、だからといってロハティンの聡明なる市民たちが行商たちを責めないというのはわかっている。

代わりにロハティン総督たる私が各辺境伯と話を付け、近い将来福祉サービスを元に戻すことを公約したいと思う。


 この演説を聞いた市民たちは、静かに怒りを行商たちに向けた。

この演説の後から行商たちが闇に紛れて襲われ始めたのだ。

怪我を負い医者にかかろうとしても、医者は行商だとわかると診療を拒絶。


 行商の店舗に来る客もどこか敵対的な顔つきになっている。

食事処や酒場に行っても接客が非常に悪くなっている。

皆、余所者を見るような目つきである。

身の危険を感じた行商たちは、予定を早めに切り上げそれぞれの村へと帰った。



 報告を聞いたユローヴェ辺境伯はトロクンに、ブラホダトネ公は行商を締め出して何がしたいのだろうと尋ねた。


「恐らくですが、市場はロハティンにしかないのだから、脅せば来るとでも思っているのでしょう」


 トロクンの返答にユローヴェ辺境伯は眉をひそめた。


「つまり市場を質に取られているという事か。実に不快だな」


「エルフのドロバンツ族長の策で、その事に気付いてしまったのでしょうね」


 気付いたのはブラホダトネ公か、はたまた家宰のヴィヴシアか。


「次は何をしてくるのやら」


「次は人か物を質にとって、恐喝してくると思われます」


 トロクンの推測に、ユローヴェ辺境伯は完全に山賊のそれだと呆れた顔をした。


「応じなかったとしたら?」


「ドロバンツ族長のようになるだけかと」


 ユローヴェ辺境伯は頭を抱え、特大のため息をついた。

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