第54話 推参

 本来であれば、三月の終わり頃に初の漁に出る予定であった。


 それが工房の移設と空き家の取り壊しで人手が必要という事になり漁に出れなくなった。

それが落ち着き、いよいよという時にあの惨劇である。

その後ドラガンは蟄居、スミズニーはポーレの父を補佐し村中を駆け回っていた。

そんなこんなで初の漁は気が付いたら八月にまでずれ込んでいた。

もはや旬もそろそろ終わるという日付である。


 従来であれば入港した日の夜は打ち上げが行われる。

無事帰って来れた事と漁の成果に感謝するという建前である。

だがドラガンは帰って来てすぐに玄関に倒れ、そのまま寝てしまった。

びっくりしたレシアがおろそろしていると、アンナが部屋に運び込み、そこから死んだように眠り続けている。

今回の主役は間違いなくドラガンであり、打ち上げは翌日という事になった。



 五日ほど休むとドラガンたちは次の漁に出港していった。



 四度目の漁を終えて帰って来た日のことだった。

四度目ともなると、ドラガンもそれなりに船上生活にも慣れてきている。

船内でもしっかり食事をとるし、網が布団でも普通に寝れるようになっている。

しっかりと魚も釣り上げるようにもなった。

帰ってそのまま玄関で寝るというような事も無くなった。


 未だに海竜はドラガンを見ると機嫌を悪くし威嚇咆哮するので、船から降りると他の船員におつかれさんと言われてさっさと帰らされる。

スミズニーはホロデッツと打ち合わせがある為、ドラガンは一人で先にスミズニー家に帰る事になった。

すると家の前にアンナが待っており、あなたに客人が来ていると言ってきた。



  自分を訪ねてくる人といえば、これまでならばユローヴェ辺境伯の関係者であった。

だがアンナの少し狼狽えた態度からすると、ロハティンの例の事件絡みだと推測される。

ここに来てドラガンは、自分が変名を使ってこなかった事を非常に後悔した。

村に来てからポーレは、変名を使うより奴らが容易に手を出せないように環境を整える事が重要だと言った。

近隣の村々で顔を繋ぎ、悪徳領主を排除し、徐々に環境は整いつつはあるものの未だ道半ばの感がある。

『奴ら』だったらどう対処すべきか。



 ドラガンは造船所に向かいザレシエを呼んで二人でスミズニー宅へ向かった。

最悪の場合ザレシエにポーレさんを呼びに行ってもらうよう打ち合わせをしていた。


 ザレシエが客間を覗き見ると明らかに見覚えの無い人物であった。

ザレシエはドラガンの腕を引き一旦家を出た。


 恐らく『奴ら』の使いだというのがザレシエの予想だった。

もしそうだとしたら、このままのこのこと姿を現すのはドラガンがこの村にいると教えているようなものである。

誰か代役を立てるべきで、できればある程度、武術の心得のある者が望ましい。

自分はポーレを呼びにいくので、ドラガンは万事屋に行きムイノクを呼んで来て欲しい。

そしてドラガン自体は万事屋に隠れていて欲しい。


 ドラガンは頷くと万事屋に走った。

万事屋で事情を説明すると、万事屋の主人はムイノクを呼んだ。

万事屋の主人は、かっとなっても向こうが武器を手にするまで絶対に武器に手をかけるなとムイノクに言い含めた。



 ムイノクがスミズニー宅に向かうと、ザレシエとポーレが待っていた。

では行こうというところでスミズニーが帰宅した。


 スミズニーは事情を聞くと、まずは俺に任せろと言って家に入って行った。

ポーレたちは客間の隣の台所で壁に耳を付けて客間の様子を伺っている。


「おや、どちら様ですかな?」


「何だ貴様は?」


 客人のあまりに居丈高な態度にスミズニーは露骨に気分を害した顔をする。


「何だとは何だ! ここは俺の家だぞ! 何なら問答無用で追い出しても良いんだぞ!」


「黙れ!! さっさとカーリクを呼んで来い! 殺されたいのか!」


 客人はスミズニーを睨み、さっさとしろとすごんでいる。

だがスミズニーは海の男であり、そんなちんけな脅しには屈しない。

 

「カーリクって誰の事だ?」


「とぼけるな! ここに大罪人のドラガン・カーリクがいる事は調査済みなんだよ!」


 スミズニーは鼻で笑い、挑発するような目で客人を見ている。

その態度に客人も苛々を溜め込んでいく。


「その何とかって奴が誰なのかは知らんが、そいつに一体何の用なんだ?」


「お前には関係無い!」


「じゃあさっさと帰れ! 俺に関係ない事なんだろ? ここは俺の家なんだよ!」


 言い分としてはスミズニーの方が正しいだろう。

どのような場合でも客人はその家の主の指示に従う義務があるだろうから。

だがその客人には、そんな理屈は通用しなかった。


「お前、死にたいのか?」


「言葉をそっくり返してやるよ! 調査したっていうんなら、この村で春に何があったか知ってるんだろ?」


 客人はスミズニーの挑発に歯噛みし、次の言葉を探っている。

だが中々言葉が見つからず、幅広剣に手をかけスミズニーを睨みつけている。

スミズニーもその気配を察し、座布団から半身後ろに下がり座布団の端に手をかけた。


「追い出されたくなければ名前と身分を言えよ」


「それを聞いたら、お前はこれまでの態度を後悔する事になるぞ?」


 客人は口の端を歪めスミズニーを挑発する。

目の前の男は一人でドラガンを捕らえに来たのである。

スミズニーも、この男がかなり腕には自信があるという事は察している。


「海の男は、航海はしても後悔はしねえんだよ」


「くだらん洒落を言いやがって」


 この時点でザレシエは市場に走り、スミズニー宅に変な奴が来ていると報告している。

それを聞いた漁師たちが銛を持ちに船に走った。


「良いだろう。俺はイヴァン・ホロゼウだ。街道警備隊副隊長をしている」


「その街道警備隊のお偉いさんが何でうちに?」


 恐らくもう隣の部屋の者たちは何かしら準備を始めているだろう。

ここからは時間稼ぎが重要となってくる。

春の時のヴォロンキー村長の二の舞にならないように慎重に事を運ぶ必要もある。


「さっきも言ったが、我々は大罪人のドラガン・カーリクを追っているんだ」


「大罪人? その男は一体何をしでかしたんだ?」


 ホロゼウは今や有名人なのだから知らないわけは無いだろうと語気を荒げた。

だがスミズニーは、田舎の情報伝達の悪さを舐めるなと反論。

ホロゼウは怒りを少し削がれてしまった。


「行商を襲い三人を殺害し金を奪って逃げたんだ。さらに途中で休憩所の経営者も襲った。ロハティンの竜窃盗事件の主犯である事も判明している。これを大罪人と呼ばずして何という?」


「で? 何でそんなやつがこの村にいると思ったんだ? ここはサモティノ地区でも田舎の寒村だぞ? いるわけねえだろ、そんな有名人が」


 スミズニーは鼻で笑ったのだが、ホロゼウは眉一つ動かさない。

そのホロゼウの反応にスミズニーは強烈な違和感を覚えた。


「とぼけても無駄だよ。この村に来る前に、ベルベシュティ地区のジャームベックという村にいた事もわかっている。その後で村を逃げ出した事もな」


 ホロゼウは当初、大罪人を匿っていると知れば、己が身の安全の為にドラガンを進んで差し出すだろうと高を括っていた。

だがここまでのスミズニーの態度で簡単にはいかないという事を察し始めている。


「で? 何でここにいるって事になったんだ? 普通に考えれば、ロハティンを避けてアバンハードに行くんじゃねえのか?」


 スミズニーは自分でも鋭い指摘をしたと感じていた。

だがホロゼウはそれを鼻で笑った。


「警備隊員から妙な話を聞いたんだよ。ドラガンとアリサ姉弟によく似た奴を見たっていうな。そいつらはこのサモティノ地区に向かって行ったのを目撃しているんだ」


「だから! 何でそれがこの村にいるって事になったんだって聞いてるんだよ! それだけじゃあサモティノ地区のどの村かなんてわからないはずだろうが!」


 スミズニーの指摘にホロゼウは口元を歪めた。

ホロゼウは挑発するような目で無言でスミズニーを見ている。


「……お前、何かしやがったな?」


 ホロゼウは口元を歪め薄ら笑いを浮かべ不気味な笑い声をあげた。

その態度はスミズニーをかなり苛立たせた。


「行商を問い詰めただけだよ。知っている顔をしているのに知らないとほざきやがるから、優しく剣を足に突き刺しながらな!」


「きさま!!!!」


「全ては大事の前の小事だ。お前が犠牲になっても小事にすぎんという事だ。わかったらさっさとドラガン・カーリクを呼んで来い!」


 ホロゼウは既に剣を鞘から抜き、いつでも斬るという態度である。

スミズニーはホロゼウを睨みつけると、短く、そんな奴は知らんと突っぱねた。


「そうか、ならば死ね!!!」


 ホロゼウは剣を真横に走らせ、スミズニーの首を刎ねようとする。

だがスミズニーはとっさに座布団の端を持ち、座布団をホロゼウの剣の根本付近に押し当てる。

諸刃剣はそこまで刃が鋭利では無く、柔らかい座布団が斬れずに座布団に包まれた。

スミズニーは相手の武器を封じると、ホロゼウを思い切り蹴りつける。

ホロゼウは、したたかに壁に背を打ちつけ少し咳込んだ。


 そこにポーレとムイノクが部屋に飛び込んで来た。

更にそれを見て、銛を持ったバハティ丸の船員たちも突入してきた。


「外を見ろ! もうお前に逃げ場は無い! 他人の家に勝手に上がり込み、そこの主を襲う。どこの山賊か知らんが領主に突き出してやる!」


 ポーレの言葉がはったりじゃないことは、外の声が聞こえてきたホロゼウにも理解できた。

自分を『山賊』と呼んだ事にホロゼウはかなりカチンときている。

だが状況が悪すぎる。


「今日のところは引き上げてやる。だが次来た時は、この村の終わりだと覚悟しろ!」


 捨て台詞を残し、ホロゼウは武器を振り回しながら家を出て行った。


 相手は街道警備隊の副隊長である。

一人で来ているはずが無く、村の外に隊員が待機しているのが目に見えている。

拘束や殺害をしてしまったら準備が整っていない状態で全面抗争になってしまう。

ポーレとザレシエは憤りながらも、バハティ丸の船員たちに手を出さないように促した。


 ホロゼウは家を出てからも武器を振り回し道を開けさせ、悠々と村を出て行ったのだった。

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