第34話 回復

 あれから一週間が過ぎた。


 アルシュタの街は相変わらず事件の対処で活動を停止させている。

毎日、何人という人が中央広場で処刑させている。


 ただ今の所、処刑者の中で身分の高い者は裁判所の前裁判長リーセのみで、他は冒険者や、酒場の主人、麻薬の流通者たちであった。

何故なら竜産協会の幹部たちと街の重責にあった者たちには厳しい尋問が行われているからである。



 特に厳しく尋問を受けているのは竜産協会の支部長スサニノ。

こんな事をしてただで済むと思うなと、かなり威勢のいい事を言い放って一切の供述を拒んでいる。


 その報告を受けたヴォルゼル憲兵総監は業を煮やし、わざわざ取調室に行きスサニノの耳元で囁いた。


 供述を拒みたければ拒み続ければ良い。

時間はたっぷりとあるのだから。

だが一旦冷静になり、ここがどこかよく考えてみたらどうだろうか。

ここは海府アルシュタだ。

うちの総督は近いうちにアバンハードに行く、定例議会への参加だ。

そこで竜産協会の幹部を全て屋敷に呼びつけ事情を聞く予定だそうだ。

もちろん剣を手にした状態でな。

そうなった時に、本部の幹部たちは果たしてお前を庇ってくれるだろうかなあ。


 ヴォルゼルの言葉にスサニノは黙り込んでしまった。

ヴォルゼルはスサニノの態度を見て、憲兵隊員たちに暫く考える時間を与えてやれと命じた。

ただし自殺しないように監視を強めろと。



 ザレシエとドラガンは、何とか麻薬が抜けきったようで禁断症状も終わりを告げた。

ただ体中の筋肉が悲鳴をあげており、病床から立つ事がままならない。

トイレに行く事もままならず、毎回、アルディノが背負って連れていった。


 一方で、ペティアは未だに死んだように眠っている。

時折ガタガタと痙攣を起こす。

体を触るとびっくりするほど体温が下がっており、侍女たちは服を脱いで抱きしめ体を温め続けた。


 医師は、全身の肉や筋が悲鳴をあげており、もはや指一つ動かせないような状況だろうから、体をさすり続けてなるべく体温が落ちないようにすると良いと指示した。


 こうしてドラガンたちの回復から遅れること三日。

ペティアも何とか症状が安定し意識を取り戻したのだった。




 目を覚ますと見知らぬ女性が椅子に腰かけているのが横目に見える。

ペティアは状況が飲み込めず得も言われぬ恐怖を覚えた。

体を動かそうにも何も動かない。

声を発しようにも声も出ない。

顔を動かす事すらできない。


 そこにドラガンが様子はどうかと部屋に入ってきた。

侍女は、御覧の通りだと渋い顔でドラガンに向かってため息をついた。


 だがドラガンは何かに気が付いた。

ペティアの目が開いている!

ドラガンが近づくとペティアの目から涙が零れた。


 ドラガンは薬湯を口に含むと、ペティアに口移しでゆっくりと飲ませた。

からからに渇いた口内に薬湯が染み渡る。

こほっと咳込み、それ以上はただただ呼吸が苦しいだけで咳込む事もできない。

すると侍女が、慌てて体を横にしてくれて背中を軽く叩いてくれた。

暫くすると、詰まっていた薬湯が口から洩れた。


「ドラガン……」


 か弱い、か細い、そんな声がペティアの口から発せられた。


 ドラガンは、横向きで寝かせられているペティアの上半身に覆いかぶさった。

背中をさすり、何度も、良かった、良かったと呟いた。


 もの凄く温かい。

ペティアはドラガンの体温を半身で感じ、徐々に不安が安らいでいくのを感じた。

自然にポロポロと涙が零れ、何も考えられなくなっていった。



 侍女はその光景に貰い泣きしそうになり、他の方を呼んできますと言って部屋を出て行った。

だが部屋を出て扉を閉めたところで我慢ができなくなったのだろう。

泣き声が部屋に漏れてきた。


 侍女の泣き声が気になったアリーナが、驚いて侍女のもとにやってきた。

もしかしてペティアの容体が悪化したのではないかと感じた。

小声で何があったのと聞く声が聞こえてくる。


 侍女から事情を聞いたアリーナは喜び勇んで扉を開けた。

だが部屋の中の光景に、何だか気恥ずかしさを覚えて思わず扉を閉めた。


 ペティアは暴れなくなった時点で、一度衣類を着替えてさせてもらっている。

その際布団も交換している。


 白いローブから大きめの開襟シャツと薄手のキュロットのような服装に着替えている。

とはいえどちらも薄着で、かろうじてペティアの立派な肉体が隠れているという程度の服装だった。

そんなペティアをドラガンがぎゅっと抱きしめているのだ。


 アリーナは何となく見てはいけない光景と判断したらしい。

様子を見に来たベアトリスとレシアを引き留めた。

目が覚めたようだけど大勢で部屋に入ると混乱するかもしれないから少しそっとしておきましょうと言って、泣いている侍女を残し三人で食堂に戻った。



 アリーナがドアをそっと閉めると、ドラガンは少し冷静になったらしく椅子に座り直した。

ペティアの顔に垂れていた長い髪を、ドラガンはそっとかきあげ耳に引っ掛ける。

艶のあった特徴的なウェーブのかかった長い髪はかなり傷んでしまったようで、艶は失われ、ところどころ癖がついてしまっている。

そんな髪をドラガンは愛おしそうに何度も撫でる。


「今は体が全然動かなくて不安だろうけど、数日もすれば動くようになるからね」


 そう言ってドラガンはニコリと微笑んだ。


 怖い。

ペティアは極度の不安感から涙を流す。

みんないるから大丈夫。

ドラガンはそう宥めるのだが、ペティアは、このまま絵が描けなかったらどうしようとポロポロ涙を流した。


「僕が代わりに描いてあげるよ」


 ドラガンは零れたペティアの涙を指で拭うと、そう言って慰めた。

ペティアは暫く何も言わず黙っていた。


 何かを思い出したのだろう。

じっとドラガンを見つめ続けていたその視線をそっと反らした。


「……それじゃあ、お仕事無くなっちゃう」

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