第33話 裁判
あの日から四日が過ぎた。
ドラガンもザレシエもたまに苦しそうにはするものの比較的症状は落ち着いている。
ペティアは朝から死んだように眠っている。
それまで暴れていたのが嘘のようにピクリとも動かない。
手首に触れると弱いながら脈打つのを感じるので眠っているだけという事がわかる。
意識があればこそ薬を飲ませる事もできる。
だが完全に気絶しているような状態であり薬の摂取もままならなかった。
かなり厳しい状況。
看病している者は一様にそう感じていた。
ドラガンとザレシエの症状が落ち着いた事で、アリーナは一旦総督府へ帰った。
そこでアリーナは、かなり厳しい情報を入手してしまう事になる。
侍女を束ねる侍女長という高齢の女性がいる。
その侍女長が漏れ聞こえた話と言ってアリーナに報告した。
人身売買で被害に遭った娘たち、そのうち競竜場の地下に拘束されていた娘たち。
そのうちの何人かが自殺したらしい。
寝ている布団のシーツを破り、部屋の高いところに縛って首を吊ったのだそうだ。
憲兵隊では急遽看護の女性を募集し、女性たちを見張らせているのだとか。
その報告にアリーナは目を閉じ唇を噛んで俯いた。
そんなアリーナに侍女長は、まだ続きがあると言って話し始めた。
被害女性の中には既に売られていた娘もいる。
その娘たちは全員、一人の漏れもなく重度の麻薬中毒患者だった。
その娘たちはこの四日の間に全員亡くなったらしい。
ここまで買い主たちによってかなり酷い扱いを受けており、元々体力が乏しかった。
そこに麻薬が切れた事で禁断症状を発してしまった。
ペティア同様暴れまわり、全員が事切れてしまったのだそうだ。
アリーナは目を閉じ胸に手を当て自分の動悸を必死に押えた。
嘔吐してしまいそうな胸の苦しみにぐっと耐えた。
公爵妃様大丈夫ですかと心配する侍女長に、アリーナは小さく頷いた。
「例え死後でも、犠牲になった娘たちの気分を何とか安らかにしてあげたいのですが」
アリーナは侍女長にそう相談した。
侍女長は少し考え、事件が落ち着いたら公爵妃様の主催で合同葬を行ってはどうかと提案した。
これまでにも多くの女性が犠牲になっていると聞く。
その娘たちの分も。
慰霊碑も建ててはいかがか。
アリーナは、落ち着いたら夫に相談してみますと精一杯の微笑みを浮かべた。
あれ以来、刑が確定した者から次々に処刑が執行されている。
麻薬取引、人身売買、誘拐、殺人、どれも一級の犯罪で刑罰は禁固刑以上となっている。
以上という事なので上限は無く、最終的には極刑という事になる。
ヴォルゼル憲兵総監は被害女性たちの惨状を見て、卑賎の考慮無く全員の極刑を決断した。
相談を受けたヴァーレンダー公も家宰ロヴィーと協議し、それで構わないと許可を出した。
ただし裁判にはかける。
でないと後に悪い前例を残す事になってしまうから。
キマリア王国およびアルシュタの法に基づき、最終判断は裁判所の裁判長に委ねる。
この件での三人目の処刑者。
それが裁判所のリーセ裁判長だった。
アルシュタの裁判所は一つしかない。
裁判所には法を研究する裁判官が複数おり、それを裁判長がまとめている。
個々の事例では、ニ、三人の裁判官が弁護士の言い分を聞きながら資料を確認して最終判決を下している。
大きな案件になると全ての裁判官の判決を裁判長が集約し最終判決を下すという制度になっている。
その裁判長が今回の事件の顧客として逮捕されたのだった。
裁判所はかなり焦った。
なにせ現役の裁判長が女性を購入し玩具にしていたのだ。
急遽裁判官が集められ、臨時で裁判長を選出し、新任の裁判長イルミノを中心に今後の対策が練られた。
司法に空白を作ってはならない。
そこでイルミノは最初の仕事として総督府に挨拶に行く事になった。
ヴァーレンダー公はイルミノに、暫くはこの件以外の裁判は全て延期せよと通告した。
承知しましたと言って帰ろうとするイルミノをヴァーレンダー公は引き留めた。
「裁判所に帰る前に、一度、憲兵隊の詰所にも挨拶をするがよかろう。そこで被害女性の姿をとくと目に焼き付けておいて欲しい」
裁判所に戻ったイルミノは今にも倒れそうなくらい真っ青な顔をしていた。
その時点で裁判所には早くも誘拐事件の件で何件かの裁判の資料が憲兵隊から届いていた。
イルミノはこの件は全て自分が最終判断を下すと周囲に通告した。
その日の午後二件の裁判が行われる事になった。
憲兵隊の検事は極刑を主張、それに対し被告人側の弁護士は数か月の禁固刑を主張。
さすがに被告人側の弁護士も憲兵隊の作成した資料を見て、無罪の主張はできないと考えたらしい。
現行犯逮捕でおまけに証拠も十分。
ただ、これまでの裁判の状況を考えれば数か月の禁固刑が順当だろうと。
裁判官たちは、いつものように間を取り数年の禁固刑でどうかと言い合った。
ところがイルミノは憲兵隊の求刑通り極刑以外ありえないと主張した。
裁判官たちは一様に驚いた。
これまでの判断ではそんな厳しい判決はありえなかったと。
だがイルミノは再度極刑以外ありえないと主張した。
結局この二件の被告はイルミノの裁定で公開処刑の判決が下される事となった。
だが裁判官たちの間には不満が広がっていた。
これまでは加害者にも人権があり、それを最大限尊重するのが温かみのある裁判であると教わってきていた。
それがいきなり憲兵隊の検事の要求のまま極刑を科すだなんて。
イルミノはそんな裁判官たちに、一度現実を見に行ってこいと憲兵隊の詰所に行かせたのだった。
帰って来た裁判官たちは全員青い顔をしており、犯罪者の人権など深く考慮すべきものではないと意見を変えたのだった。
被害者の人権を踏みにじった加害者に何の考慮すべき人権があるのかと。
そこから憲兵隊の検事は全ての求刑を極刑にした。
二件の裁定を見て弁護士たちは、この事件はこれまでの価値観を大きく変えるものになると感じた。
これまでは被害者を無視し、加害者のみに最大限寄り添っていた裁判所だった。
だがどうやら、罪には罰をもってあたるという本来の『法の番人』という自覚が芽生えたらしいと。
そこから弁護士たちは、刑の主張については形通り数か月の禁固刑を主張し、それよりも被告がどこまで事件に関与しているかという部分についてのみ争う事にした。
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