第32話 禁断症状

 ブシクの屋敷から帰って丸二日が経過した。


 ペティアは相変わらずの状況で、アリーナの侍女が憔悴しきったアルディノに代わり体を押さえつけている。


 侍女たちはこの細い娘程度なら暴れたとしてもそこまでではないだろうと高を括っていたらしい。

ところがいざ交代してみるととんでもない力で暴れだした。

すぐにアルディノも加わってペティアの体を押さえつけた。

初回の報告を受け、次回からは毎回四人でやってきてペティアの体を押さえつけている。



 その日の夜、ザレシエの容体が変わった。


 ベアトリスが部屋に様子を見に行くと、ザレシエは布団から出て火鉢の横で寝ていた。

まだ歩けるわけではない。

本能的に暖かい方に向かって転がって来たのだろう。

ベアトリスは人を呼び、ザレシエを布団に寝かせると、火鉢を布団の近くに置いた。


 だがザレシエは寒い寒いと連呼し、震えて丸まっている。

ベアトリスが背中をさすり続けるとザレシエは落ち着いたのか寝息をたて始めた。


 ベアトリスは食堂に戻り、ザレシエの状況が変わったことをアリーナに報告した。

アリーナは、すぐに医師の言っていた『風邪のような症状が出たら要注意』という言葉を思い出した。


 ザレシエの部屋に行き、口を布を噛ませ、派手に暴れないように手足を縛った。

近くに置かれていた火鉢も危険だと言って離した。


 寒がるけど風邪じゃないから。

もしかしたらこの後暴れるかもしれないから。

そう説明するアリーナにベアトリスは、そうなったらどうしたら良いかと尋ねた。


「念の為、体を固定するロープも用意しましょう」


 アリーナの言葉に、ベアトリスは恐怖に怯えた顔をした。

アリーナはそんなベアトリスの頭を撫でた。


「これが最後の症状なのですから、そこはむしろ喜ぶところなのよ」


 そう言って微笑んだ。

その後ザレシエは、アリーナの侍女たちによってロープで体を緩めに固定された。



 レシアがドラガンの様子を見に行くと、ドラガンは苦しそうに咳をしている。

大丈夫と言って背中をさするとドラガンは体を震わせた。


 レシアが中々戻らないと心配したアリーナが様子を見に来た。

アリーナの顔を見るとレシアは、ずっと咳をして寒そうにしているんですと言って悲痛な顔をした。

ベアトリスさんみたいに背中をさすってるんですが全然ダメでと、かなり焦った顔でアリーナを見る。


 アリーナはレシアを後ろに下げさせると、ドラガンに優しく抱き着き頭を撫で続けた。


 伝わる体温が心地よかったのだろう。

ドラガンは少し落ち着きを取り戻した。


「姉ちゃん、ごめんね……」


 そう呟いてやっと眠りについたのだった。




 三日目に入ってる。


 ベアトリスとレシアはほとんど眠れておらず体力はかなり限界だった。

それはアリーナも同様だった。


 既にアルディノは限界を迎え、侍女に委ねて体を休めている。

その侍女たちも顔からは疲労の色が隠せなかった。



 クレピーは宿泊所の様子を、逐次家宰ロヴィーに報告している。

ヴァーレンダー公も妻の侍女たちから報告を受けており、日々怒りを募らせていた。



 あれ以来、アルシュタの街には戒厳令が出されている。


 街道には海軍軍人が逐次見回りをしており、街から一歩も外に出れないように封鎖している。

さらにセイレーンは建物を超える高さ以上の飛行を禁止された。



 憲兵隊による逮捕者は竜産協会の中心から徐々に外へと広がっていった。


 海軍軍令部と資源管理部も徹底した調査が行われ、何人もの人物が人身売買に関与していたとして逮捕された。


 酒場は一軒一軒憲兵隊の調査が入り、何人かの店主が誘拐と人身売買の斡旋で逮捕された。

万事屋にも調査が入り、誘拐の実行犯として複数の冒険者が逮捕拘禁された。


 一部の医師と薬屋も麻薬取引の罪で逮捕。

さらに三軒ある解体屋のうち一軒の主人が、亡くなってしまった女性を処理していた事が発覚し逮捕された。


 この異常な数の逮捕者に恐れをなした竜産協会の幹部だった者が密かに脱走をはかろうとし、これも逮捕される事になった。



 その日の昼、中央広場で最初の公開処刑が行われる事になった。


 最初の処刑者は麻薬を売買していた薬師。

中央広場はアルシュタの住人で溢れかえっていた。


 ここまで、このアルシュタの街で何か大きな事件があったという事は民衆の大半が感じていた事だった。

あれだけの人数があちこちで逮捕され憲兵隊の詰所に連行されていったのだ。

感じないわけがない。


 しかも昨日から、裁判官は全ての裁判を後回しにしこの件の裁判を行っている。

弁護士の弁護も、裁判官にはほぼ無意味という感じであったらしい。

竜産協会の事務所に全て管理書類として残されていたのだから言い訳の余地が無い。

決定的な物的証拠を突き付けられてしまい、減刑を訴えるくらいしかできなかった。

裁判官の裁定によって次々に罪人の極刑が決まっていったのだった。


 何も聞かされていない民衆は、何があったのかここで明かされるかもと期待して集まっていた。



 執行人が台上へ上がった。

そこに拘束着一枚の薬師が引き立てられてきた。


 執行人が罪状を読みあげる。

違反薬物を不当に入手し違法に販売した罪で極刑に処す。


 あの騒動は薬物事件だったのか。

であれば相当大規模な麻薬組織が見つかったのだろう。

そう民衆は感じた。


 薬師の首が執行人の斧によって切り離されると、次に酒場の店主が引き立てられてきた。


 同じように執行人により罪状が読まれる。

少女誘拐ならびに人身売買斡旋の罪により極刑に処す。



 民衆はこの二件の公開処刑で多くの事を察した。

誘拐、人身売買、麻薬取引。

それがこの街で日常的に行われてきた事だったという事を。

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