第18話 出発
いよいよ行商に行く日がやってきた。
朝からカーリク家は大忙しだった。
セルゲイは朝早くから竜の様子と竜車の状態の最終確認を行っている。
母は朝早く起き二人分の朝昼の弁当を作っている。
ドラガンは昨晩興奮して寝付けなかったらしくぐっすりと寝ていた。
準備が整うとセルゲイとイリーナが竜舎から二頭の竜を曳き、ドラガンと三人で村長宅の前の中央広場へと向かった。
イリーナに叩き起こされたらしく、ドラガンは眠そうに目をこすっている。
よく見ると髪も少し跳ねている。
ドラガンたちが広場に着くと既にロマンとアリサが待っていた。
アリサはドラガンの姿を見ると、改めてロマンにドラガンをお願いねと頼んだ。
ロマンはアリサの頭を撫で心配しなくて良いよと微笑んだ。
ドラガンはアリサを見ると駆け寄ってきた。
首からお気に入りのロケットペンダントを外し、アリサに預かっててと頼んだ。
アリサは母の顔を見てかなり困惑した顔をしている。
「ドラガン、出発前に身に付けている物を置いて行くのはね、縁起の良いことじゃないのよ? だからそういうことはしない方が良いわよ」
アリサはドラガンを諭しペンダントを突き返そうとした。
だがドラガンは、大事な物だから旅先で失くしたら困ると言って、どうしてもと頼んだ。
「旅先でも大事にしてたら良いだけの話じゃないの!」
アリサはドラガンを叱った。
この時点でロマンとイリーナはまた始まったと大笑いしている。
セルゲイはいい加減にしろという顔をしている。
「大事にしてても落とすから姉ちゃんに頼んでいるんじゃないか」
その言葉にアリサは苛っとしたらしい。
「あなたは私を何だと思ってるの? 便利使いしてるんじゃないの!」
叱りはしたものの、アリサはドラガンに甘い。
イリーナもドラガンが可愛いものだから、アリサに預かってあげなさいなと言って笑った。
アリサは、渋々ペンダントを預かることになったのだった。
少し遅れてラスコッドが槍を持ってやってきた。
ロマンはラスコッドに、よろしくお願いしますと頭を下げた。
ラスコッドはドラガンを見ると頭をくしゃくしゃと撫でた。
ちゃんと逃げ出さずに来れて偉いぞとドラガンをからかった。
そろそろ出発の時間が近づいてきている。
だが護衛のもう一人が来ない。
ラスコッドは、どうせまた深酒だろうと槍を置いてどかどかという足取りで広場を離れた。
他の班との合流時間ぎりぎりにラスコッドは戻ってきた。
もう一人の護衛、マイオリーも引きずられるようにやってきた。
どうやらマイオリーは呑んだくれて寝ていたらしく、ラスコッドにぼこぼこに殴られたらしい。
両頬が赤く腫れている。
「すまん。連れが迷惑ばかけた」
ロマンが心配して準備は大丈夫かとラスコッドに尋ねる。
ラスコッドはマイオリーを一瞥もせず、いつもの荷物があるから大丈夫だと言い切った。
他所の護衛に迷惑にならないようにお願いしますねと言うロマンに、ラスコッドは豪快に笑い出した。
「迷惑ばかくるようなら、給料から天引きだ。それとこいつは道中は禁酒や」
マイオリーはそんなあと情けない声をあげたが、ラスコッドに睨まれ渋々承諾という顔をした。
ドラガンもそんなマイオリーに苦笑いしている。
ラスコッドはドラガンの頭を撫で、こういう馬鹿を見習ったらいかんぞと真顔で諭してきた。
ベレメンド村さん遅いよと苦情を言われながらもなんとか班に合流はできた。
そこからセルゲイは竜車の外の御者の席に座り、他の村の竜車に付いて行った。
最初ドラガンは興味津々で竜車の後ろから外を眺めていた。
ドラガンからしたら村の外に世界が広がっているというのは知識でしか知らない事だった。
実際村の遥か先にもちゃんと世界は広がっていたのだ。
竜車が進むにつれ、村はどんどん小さくなり、ついには見えなくなった。
道は一本延々続いており、景色は村落から山道に変わる。
「そんなに後ろばかり見てると酔うぞ?」
そうロマンに忠告されたのだが、竜車では後ろからしか外が見えず、そこから外を見続けるしかなかった。
マイオリーは出発からずっと荷物の隙間で寝ている。
ラスコッドとロマンはロハティンに着くまでの道中の計画の打ち合わせをしている。
陽が高くなったところで、最初の休憩所『ベルーリュ』でお昼休憩を取ることになった。
キシュベール地区からロハティンまでは街道がしっかりと整備されており、道中に何か所か休憩所が設置されている。
休憩所は行商以外に旅人も利用するし冒険者も利用する。
大きな休憩所では軍隊が野営に使うこともある。
各所で名物料理なんかもあり、各休憩所を食べ歩くのも旅人の楽しみの一つとなっている。
どうやら乗り物酔いしたらしい。
ドラガンは竜車を降りる早々、地面が揺れてると言ってへたりこんだ。
ロマンはだから言わんことじゃないと笑っている。
班の他の竜車の御者が、どうしたと心配して声をかけてきた。
セルゲイよりかなり年配の御者が見ない顔だが初参加かと聞いてきた。
ロマンが状況を説明するとその御者は、飲み物を飲んで少し体を動かせとアドバイスした。
ならばとラスコッドは槍を取り出し、護身の訓練だと言って棒を握らせた。
ラスコッドは槍を片手に、もう片方の手でパンに塩漬け肉を挟んだものを持って齧っている。
ラスコッドのあまりに余裕な態度に、他の竜車の護衛がなんだか楽しそうと言って集まってきた。
さあどうした、ラスコッドはドラガンを挑発した。
棒を構え、やあと気合を入れてラスコッドの元に駆けて行ったドラガンだったが、振り下ろした棒はラスコッドに届かない。
ラスコッドは槍の柄でドラガンの頭をこづき、目を瞑るなと指導した。
周囲はそれだけで大爆笑。
セルゲイとロマンまでこれは酷いと腹を抱えて笑っている。
「腰ば落として、相手ん目ばよう見て、力一杯打ち込んで来い!」
ラスコッドは必死に笑いを堪え、なるべく平静を装い指導した。
ドラガンはこくりと頷くと、やあと掛け声をあげその場で棒をラスコッドめがけて振り下ろす。
ラスコッドが槍の柄で棒を受けるとドラガンの手に強烈な衝撃が走る。
ドラガンは見事に手が痺れその場にうずくまった。
そこにラスコッドが槍の石突をドラガンの頭にこつんと当てた。
行商の参加者は昼食片手に大爆笑だった。
しっかりしろやら、なんだそのへっぴり腰はやら、へその下に力を込めろやら、好き勝手に助言している。
マイオリーも昼食を片手にゲラゲラ笑っている。
もう一回打ち込んで来い、ラスコッドは体を小刻みに震わせてドラガンに指示した。
もしかしたらラスコッドが怒っているのかも、そう思ったドラガンは棒を手にし再度立ち上がる。
やあ、そう掛け声をあげてラスコッドに棒を叩きつけた。
……はずだった。
だが棒が握られていない。
棒は振りかぶった時点で後ろに飛んで地面で跳ね、腹を抱えて笑っていたマイオリーの股間に命中していた。
さすがのラスコッドも笑いを堪えきれず崩れ落ちた。
周囲は大爆笑だった。
だがマイオリーは辱められたと感じたらしい。
真っ赤な顔をし短剣を抜き、殺してやると言ってドラガンに襲い掛かろうとした。
冒険者たちは一斉にドラガンの前に立ち、マイオリーを睨んだ。
「あれぐらい冒険者なら避けろや!」
冒険者たちは剣に手をかけマイオリーに詰め寄った。
笑い転げていたラスコッドはまずいと感じ、マイオリーの前に立ち拳を振りぬいた。
その拳はマイオリーの顔のど真ん中に見事に命中。
マイオリーは派手に鼻血を出してふっとんだ。
ラスコッドは冒険者たちに、うちの馬鹿がご迷惑をおかけしたと頭を下げた。
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