第19話 峠

 昼休憩をキシュベール山の中腹で取った一行は、そこから山肌をぐるりと北に進んでいった。

初日の宿泊地であるキシュベール山を越えた麓の『スールドック』という休憩所を目指した。



 街道は基本的に徒歩での移動を想定している。

その為、竜車で進むと少し行くと休憩所があるという感覚になる。


 どの竜車も、御者一名、商人一名、護衛二名の計四名。

ほぼ男性なのだが中には女性も含まれている。

女性の多くは商人だが護衛にも女性がいたりする。


 男性の場合、便所に行きたくなっても、ちょこっと竜車の速度を緩めてもらいその間に木陰で済ませ、急いで駆けつければそれで済む。

御者も隊列を外れ後ろから追いかければ良い。


 ただ女性の場合、中々そういうわけにもいかない。

ちょっと隠れてというわけにもいかず、早めに申告してもらい途中の休憩所まで我慢してもらい、そこで済ませることになる。

事が済んだらその分竜車を急がせる。


 旅程はかなり余裕を持って組まれてはいるものの、竜車の数がそれなりにある為、思った以上に時間がかかる。

休憩所に到着する頃には、すっかり陽も落ちていた。



 休憩所に到着すると、まずは全員で竜の世話から入る。

竜車から竜を外し、水で汚れを落とし、足元に怪我をしていないか確認し休憩所の竜舎へ繋ぐ。

寝藁を敷き、水、餌を与える。

もし怪我をしていたらここで応急手当をする。


 竜の世話が終わると次は夕飯の支度である。

大きな休憩所の多くは宿泊所の機能を有している。

そうした休憩所では自慢のスープを用意しており、自慢の酒も用意している。


 広場には明り取りと虫よけの為、篝火かがりびが炊かれており、その火で各々パンと肉、野菜を炙りスープや酒を片手に焼けた食べ物を齧る。

肉や野菜には休憩所の管理者が事前に下味を付けてくれている為、焼くだけで美味しく食べられる。


 ただ休憩所のサービスにはかなり差がある。

食に力を入れている所、寝床に力を入れている所、便所や風呂に力を入れている所と様々ではある。

何かしら売りがあれば泊まってもらえる率が上がり、評価が落ちれば別の休憩所に変えられてしまう。



 行商の参加者の中でもひと際若いドラガンは女性たちに大人気で、やたらと世話を焼かれていた。

いつもおっさんばかりの中一人少年がいるのだから、女性たちの母性をくすぐるというものだろう。

何が食べたいやら、どこの村なのやら、次も来るのやら。

中にはお姉さんが添い寝してあげようかと言い出す者もいた。

そんなドラガンを微笑ましく見る者、からかう者、忌々しく羨む者と反応はさまざまだった。


 ただ、それはあくまで夕食での話。

夕食は徐々に呑み会に移行していく。

それまで女性陣に可愛がられていたドラガンは、おもちゃになっていった。

屈強な女性の護衛の筋肉にぎゅっと抱きしめられ苦しそうにしていると、今度は酔った女性陣に両手を引っ張られた。

さらには徐々に上半身を脱がされていった。

さすがに下半身を脱がされそうになり逃げ出した。

だが女性陣は追ってきた。


「ふふふ、お姉さんと今日は一緒に寝ましょうねぇ」


「ドラガンくぅん、お姉さんと一緒に寝るのよねぇ」


「そっちに逃げたぞぉ! みんな囲め!」


「へへへ、逃げようったって、そうはいかないのよ!」


 そんな光景を男性陣たちは腹を抱えて笑っている。

ロマンも初回の洗礼だと言って笑っているし、セルゲイも自分も初回はこうだったと笑っている。

キシュベールの女性たちは何で毎回こうなんだろうと男性陣は言い合っている。

普段そんなに抑圧された生活をしているのだろうかと首を傾げる者もいる。


 そこからドラガンは自分の竜車に逃げ込み、がくがく震えて朝を迎えた。



 朝になると各々朝食を取り、竜に朝飼を施しいよいよ出発となる。

ドラガンはどうやら昨日一日で何か思うところがあったらしい。

朝食片手に薪置き場に行き、これじゃないあれじゃないと薪を物色している。


 ドラガンは、かなり長めの真っ直ぐな薪を三本選んで竜車に乗り込んだ。


 揺れる車内で実に起用に薪を加工していった。

三本中二本の端を鍵のような組手に削っていく。

それが出来上がった頃、竜車の列が停車した。



 キシュベール地区は、キンメリア大陸の南西の半島である。

キシュベール半島は、キシュベール山という斜面がなだらかな火山によって形成されている。

キシュベール山は、元はキンメリア大陸から遠く離れた場所にあった火山島らしい。

それが徐々に大陸へと移動してきたのだそうだ。

その為か、キシュベール地区では比較的標高の高い場所からも貝の化石がよく出土している。


 そんな地形のせいか、キシュベール地区は温泉で有名である。

残念ながらベレメンド村には温泉は沸かないが、三つ隣の村は温泉街で有名である。

ベレメンド村の人たちも、湯治といっては頻繁に温泉に出かけている。

山の方に少し離れた村の温泉は子宝が授かる湯として有名で、若い夫婦がよく訪れる。

ロマンとアリサも結婚して二日後に訪れている。



 キシュベール山は比較的なだらかな山な為、そこまで街道の工程は厳しくはない。

問題は休憩所『スールドック』を過ぎた二日目。

キシュベール地区とキンメリア大陸を隔てる険しい尾根『ヴィシュネヴィ山』を越えていかねばならない。


 ヴィシュネヴィ山そのものを登山するのは現実的ではない。

それはかつて街道を整備した人たちも感じたようで、山の東側と西側の海岸沿いに街道が通っている。

街道は王都アバンハードから伸びており、ヴィシュネヴィ山の東の海岸線を通る。

そこからヴィシュネヴィ山とキシュベール山の渓谷を通り、西の海岸線を通って西府ロハティンへと通じている。


 ただ、ヴィシュネヴィ山は標高が高く海岸線もかなり峻厳な道で崖の上を通っている。

降りは良い。

登りは乗員全員で押さねばならぬほど険しい道となっているのである。



 街道の一番標高の高いところに休憩所『イザード』があり、一行はそこで昼休憩を取ることになった。


 ドラガンは休憩所に着くと細い楔を作り、二本の薪を組み楔を通して固定した。

更にその薪に下から弓を固定し弦を上から出した。

持ち手に溝が掘られており、そこに少し長めの棒を差した。


 そんな工作を食事もとらず楽しそうな顔で行っているドラガンを、冒険者たちが興味津々で見ている。

そんな冒険者の一人がドラガンが作っているものに気が付いたらしい。


「ほう! いしゆみを作ってるのか! 確かに坊主の剣の腕だとその方が良いかもなあ」


 ドラガンは思わず手を止め、その冒険者の顔を見て首を傾げた。

その態度に冒険者は、まさか知らずに作ってたのかと驚きの声をあげた。


 その子はそういう子なんだよと、ロマンが昼食を片手にその冒険者に紹介した。

うちの村では有名な子なんだと、ラスコッドも豪快に高笑いした。

あまり褒めると図に乗って後が大変だからそこそこにしてくれと、セルゲイは周囲に頼んだ。


 冒険者はしげしげとドラガンの工作を眺め、知らずにこれに行きつくのは普通に凄いと思うとセルゲイに言った。


 冒険者はドラガンの工作を指差し、それは『いしゆみ』といって非力な人でも強力な射撃ができる武器なんだと教えてくれた。

出来上がったら一回撃たせてくれとドラガンに言うと、ドラガンは、夜にはできると思うと言って嬉しそうな顔をした。


「これは宿泊所に行くのが楽しみになったな!」

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