第20話 弩
休憩所『イザード』からは緩い下り坂が続く。
『スールドック』から『イザード』までもそうだったが、峠道を真っ直ぐ進むとかなり険しい道になってしまう。
その為、道はくねくねと折り返して進んでいく。
『イザード』からの下り道も何度も折り返しながら少しづつ降りて行った。
その間ドラガンは一心不乱に細い棒の角を削り落としていた。
くねくねと定期的に揺れる車内でドラガンは下を向き、昼食を齧りながら作業をしている。
ロマンにまた酔うぞと指摘されたのだが、全く聞こえていない感じで作業に没頭し続けた。
当然のように、徐々に気分が悪くなってしまった。
我慢の限界を迎えたドラガンは父に竜車を停めてもらい、道から外れて昼食を地面に戻したのだった。
普段であれば一台停車しても他の竜車は先を進む。
だがこの時は他の竜車も停止した。
竜車の車輪に石を挟み固定すると、冒険者たちはドラガンの近くに集まった。
「おい、ベレメンド村さん! せめてもう少し我慢できなかったのかよ。何でここで!」
「山賊に襲ってくれと言ってるようなもんだぞ!」
ドラガンが顔を上げると、木々の向こうに何か大きな建物のようなものが見える。
どうやら向こうもこちらを見つけたようで、建物周辺で人が忙しなく動いている。
ラスコッドとロマンは他の冒険者たちに申し訳ないと謝罪し、ドラガンをセルゲイの隣に座らせすぐに出発させた。
セルゲイの説明によると、この辺りは竜車が車輪を壊しやすい場所なのだそうだ。
そこで交換に手間取っていると山賊がやってくる。
竜車を動かす事ができないから、冒険者たちは竜車の荷物を守りながらの戦闘となる。
守備戦というのは圧倒的に不利なもので、荷物に気を取られるから襲撃者のみに集中することができない。
上手く相手に犠牲を出させることができれば引いてもらえる事もある。
荷物の中の装飾品を献上し見逃してもらえる事もある。
だが最悪の場合、行商隊全滅もあり得るのだ。
最後尾のドラガンたちの竜車に矢が射かけられた。
どうやら山賊が追ってきたらしい。
「なんで、たかが山賊が竜に乗ってるんだ!」
ロマンは山賊を見て驚いた。
ラスコッドは無言で槍の鞘を外し、竜車から半身を乗り出し山賊に槍を伸ばす。
腕に穂先が刺さり山賊の一人が落竜した。
ロマンも山賊に剣を突き刺そうとしたが、残念ながらこれはかわされた。
「くそっ、あのガキのせいで! 何で俺までこんな目にあわねばならんのだ」
ぶつぶつ言いながらマイオリーは弓に矢をつがえ、三本の矢を山賊の首魁と思しき者に連続して射かける。
逃げる竜車から放たれた矢は、通常より速い速度で追う側に届く。
首魁は剣で三本の矢を振り払うと、舌打ちして撤退を指示した。
陽が落ち周囲が少し暗くなった頃ヴィシュネヴィ山を下山し終え、休憩所『エルヴァラスチャ』に到着した。
ここまで来れば、後は左手に海を見ながら平坦な道を西府ロハティンまで進むのみである。
あわや大参事を引き起こしそうになり、ドラガンはかなり気落ちしている。
多くの参加者は、ドラガンがあの後こっぴどく叱られたのだろうと察した。
実際にはそんな事は無く、ドラガンは父の説明の『行商隊全滅』という言葉にかなり衝撃を受けていただけだった。
自分のせいで全員が死ぬ。
この行商がいかに危険なのか、改めて恐怖を抱いていたのだった。
「よう、坊主。昼の弩はどうなったんだよ?」
お昼にドラガンに声をかけてきた冒険者が、ドラガンにそう聞いて来た。
気持ち悪くなったから完成しなかったと説明すと、冒険者は手伝ってやると言ってドラガンの隣に腰かけた。
この冒険者なりに失態を犯したドラガンを励まそうとしているのだろう。
撃つだけなら後は組むだけと言うと、冒険者は、なら早く組んで食後にそいつで遊ぼうぜとドラガンの背を叩いた。
ドラガンは冒険者の屈託のない笑顔に心がほぐれたようで、すぐに組むから待っててと言って竜車に駆けて行った。
竜車から弩を持ってくると、持ち手の溝に三角形の棒を差し込み丸く削った棒で固定。
さらに三角形の棒の奥の穴に四角い棒に板がついたものを差し込んだ。
「できた!」
ドラガンが笑顔を見せると何人かが集まってきた。
集まってきた中の女性が、じゃあ的を作らないとと言って薪を束ねて木の樽の上に乗せる。
ドラガンは突き棒で弦を引き止め板に引っ掛けると、弦に矢を引っかけ的に向かって弩を構える。
撃とうとしたのだが中々止め棒が引き抜けず、狙いを定めたまま少しづつ引き抜いていく。
止め棒を引き抜くと、弦は気持ちのよい音を奏で、掘られた溝に沿って矢を押し出した。
矢は真っ直ぐ的の薪の束に向かって飛んで行く。
残念ながら止め棒を引き抜く時に照準がぶれたらしい。
的からかなり左側に矢は逸れていった。
だが参加者は大満足だったらしい。
酒を片手に大喝采だった。
そろそろ夕食も終え酒宴に入っており、大盛り上がりになった。
先ほどの冒険者がどういう仕組みなのか手に取って確認し、こんな簡単な仕組みで弩ってできるのかと感心している。
弦を引き矢を引っかけ、的に照準を向け止め棒を引いていく。
ドラガンよりは的に近いものの、やはり矢は左に逸れた。
二人の射撃に酒の入った面々は何かの愉しみを見出してしまったらしい。
どうやら照準合わせが難しいらしいと感じ、それを『遊べる』と判断したのだった。
誰かが唐突に、いくら出すと叫ぶと、他の誰かが一回銅銭二枚でどうだと言い出した。
良いねえと幾人かが言うと、急に皆が一列に並び始めた。
突然皆の遊び心に火が付き、ドラガンはかなり困惑している。
よく見ると、列の中央にビール片手に銅銭を握りしめるセルゲイの姿がありドラガンを呆れさせた。
雑に扱うと壊れるとドラガンが忠告すると、壊した奴はそこまでの掛け金をドラガンに払うということになった。
一人一射で交代していった。
途中、ラスコッドも撃ってみたのだが左に外れた。
かなり右に狙わないと的に当たらないかもしれないというのが撃った人たちの感想だった。
だからと言って右に射線を向けると、それはそれで矢は右に逸れていく。
思った以上に難しい。
セルゲイもロマンも残念ながら的を外してしまった。
「これだから普段弓を撃たん奴らは。弓ってのは射軸をしっかり固定して当てるもんなんだよ」
そう言ったのはマイオリーだった。
既に掛け金はかなりの額になっている。
マイオリーは突き棒で弦を止め板に引っ掛け、立膝を付き目線の高さに弩を構えた。
ゆっくりと止め棒を引き抜いていく。
だが矢が放たれる前に弩は壊れた。
止め板を固定した楔の強度が限界に来ていたのだ。
枝が折れるような鈍い音と共に止め板が外れ、弦が緩く弩の上を踊った。
矢は的にも届かず地に落ちた。
壊れた、壊れたと周囲は大笑いだった。
弁償額はいくらだと誰かが言うと、なかなかの金額が通告された。
帰りに払ったかどうか確認するからと冒険者連中に念を押されてしまった。
マイオリーはドラガンに借金することになってしまったのだった。
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