第39話 土作り

 ドラガンとザレシエ、ベアトリスがエニサラからの手紙で盛り上がっている後ろで、レシアは真っ赤な顔で手紙を読んでいた。


 アルディノはそんな姿を見てレシアの隣の席に座り直した。


「どしたん? 手紙、何か良え事でも書いてあったんじゃろうか?」


 突然アルディノに声をかけられ、レシアはきゃっと声をあげ手紙を抱きかかえた。


「み……見えました?」


 レシアはまるで着替えでも覗かれたのかというような心底驚いたという顔でアルディノを見る。

アルディノは首を小刻みに横に振り何も見てないと言ったのだが、それでもレシアは手紙をすぐに封筒に入れて隠した。


「手紙、誰から? アンナおばさん?」


 顔を真っ赤に染め上げているレシアにアルディノは優しく問いかけた。

レシアは小さくこくりと頷くと軽く唇を噛んだ。


「母さん……何だけど……その……変な事が書いてあって……」


 言いよどむレシアの態度で、アルディノは何となく何が書かれていたか察しがついた。


「アンナおばさん『も』、アリサさんに何か言われたんじゃろうか?」


 レシアはアルディノの独り言に驚いて顔を上げ、目を見開いてアルディノの顔を見る。

アルディノは口元を緩め微笑んでいる。


「やっぱりさっき手紙見えてたんでしょ。酷いなあ」


 そう言ってアルディノの肩を可愛い拳でぽんぽんと叩いた。

どうやらアンナおばさん『も』という部分は気づかなかったらしい。

そう思ったら、アルディノは無性におかしくなり笑い出した。


「げに何も見えて無いけえ。安心してくれ」


 そう言ったのだがレシアは疑惑の目でアルディノを見続けた。



 この娘は純粋すぎる。

無垢と言っても良い。

そういう意味ではドラガンにはお似合いの娘だろう。

だが確かにアリサさんが言うように、今のドラガンではこの娘の気持ちには答えられないだろう。

気持ちを通わせ会うには、二人はあまりにも純粋すぎる。


 だが、この二人をなんとか結び付けるとアリサさんには約束してしまった。

さて、どうしたものか。

母からの手紙を大事そうに抱えるレシアを見て、アルディノは小さく一つ息を吐いた。




 翌日ドラガンは、マチシェニの手紙を持って沼へと向かった。


 元々、この地は『毒沼』と呼ばれていた地である。

その一番手前、比較的安全と思われる場所を最初に区分けして水を抜いていった。

その結果、今では最初の区画は完全に水が抜け、雨が多く降った時だけ水たまりができるという程度になっている。


 ただそれは最初の区画のみで、他は中々水は抜けきらず、さらに毒蟲も頻繁に発生。

おまけに変な瘴気のようなものも発生しトロルの体調を崩させている。

夜中に悪霊が出てトロルの宿舎を襲ったなんて事も発生している。


 だが、毎日のように水を抜き続け土木作業をし続けた結果、最初の区画から放射状に徐々に徐々にカッチカチの不毛な土地に変わってきてはいる。

抜ける水も、紫や緑、桃色のドロドロした水から茶色や透明の水に変わってきている。


 建築事務所に入ったドラガンにユリヴは、極めて順調だと報告した。

方針は完全に固まっているし、土木作業も順調に進んでいる。

作業が沼の奥に進むにつれ病気になるトロルが増えていってはいるものの、それも想定の範囲内という程度らしい。

むしろ毒沼を相手にしているのに、ここまでが順調すぎたのだ。



 いよいよここからは、最初の区画を畑に変えていく作業に入る。


 昨日届いたマチシェニの手紙によると、水はけの悪い土地というものは土がぎゅっと握り固められた状態なのだそうだ。

固められているので水が入り込めず溢れる。

溢れると余った水は上に溜まる。

最初は水たまり程度だが、年月を経ると沼になってしまう。


 だから基本的には土を『ほぐしていく』という事になる。

その為には、すきくわを使って地面を掘り起こしていくというのが基本的な作業になる。



 ここまでうんうんと聞いていたユリヴだったが一つ疑問が浮かんだ。


「それだと、また徐々に土は握り固められたようになってしまわないのですか?」


 当然それについてもマチシェニは書いてくれている。


 方法はいくつもある。

まずは腐った枯れ木や枯れ葉、燃やした雑草などを土に練り込む。

その為には、普段からそれ用に落ち葉や枯れ木を溜め込んでおく必要がある。


「急場で必要ならば、山に行き表面の土を剥がして練り込むと良いと書かれています」


 なるほどと言ってユリヴは何度も頷いた。

確かに作りたい土の状態は、長い年月をかけて山が作りあげているものと同じものだろう。


「それと、それだけだと大変なので、雨が降った翌日に山に行きミミズを捕まえてきて土地に放せと書かれています」


 ミミズ?

何故ここにミミズがでてくるのだろう?

ユリヴの疑問はドラガンも最初に手紙を読んだ時に感じたものだった。


 これはとっておきの情報だとマチシェニも書いている。

恐らくはマチシェニの独自研究でわかった事なのだろう。


 どうやらミミズには、土を食べてふかふかにするという生態があるらしい。

ただしこれには注意が必要で、毒沼なんかにいる紫色のミミズは毒蟲の餌になるので使わない方が良い。

また山にいる黄色の巨大ミミズは、土は耕さないのだが農作物を食べる小動物を襲って土に埋め肥料にしてくれるので少しだけ放すと良い。

ミミズは乾燥させると死んでしまうので、悪いミミズは乾燥させ、良いミミズは乾燥しないようにすぐに土に埋めるように。



「なお、ミミズは生ゴミや食べ残しを糞に混ぜ、匂いが強くなるまで放置し、それを撒くと増えます。だそうです」


 ドラガンが読んだ一文にユリヴの顔が引きつった。

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