第38話 手紙

「これからは外に用事がある際は執事を同伴してください」


 クレピーが総督府の指示だと言ってそう告げた。


 元々、ドラガンたちが行っている沼地は街から遠く竜車を出してもらっている。

その為一人で行くという事は無い。

クレピーが言っているのは、アルディノたちの事である。


 アルディノもすぐに意図に気付き、ご迷惑をおかけすると頭を下げた。

アルディノはそれなりに武芸には心得がある。

得物はサファグンらしく銛を使うのだが、基本的に銛の使用感は細槍と変わらない。

棒一本あれば自分の身くらいなら十分守れる。

だがレシアを守るとなると話は変わる。

レシアの身の安全を考えれば、執事がいるというのはかなり心強いというものである。




 エモーナ村からプラマンタが帰って来た。


 プラマンタは、まず帰還を総督府に報告した。

ヴァーレンダー公にエモーナ村での出来事を報告した後、例のペティア誘拐事件の話を聞く事になった。

かなりナイーブな問題になっているので対応や言動は慎重に。

そう指示を受けた。


 手紙の検閲はどうするかと尋ねるプラマンタに、ヴァーレンダー公は、信頼関係がこれ以上崩れるのは避けたいと答えた。



 総督府への報告を終えたプラマンタは手紙の束を持ってドラガンたちの宿泊所へ向かった。


 プラマンタはドラガンたちと握手をすると、皆さんお元気そうでしたよと微笑んだ。

ベアトリスとレシアはプラマンタに、あの人はどう、この人はどうと名前を挙げて様子を聞いていった。

だが残念ながら、プラマンタもそこまで村人の名前を知っているわけではなく苦笑いをしている。


 皮鞄から手紙の束を取り出しドラガンに手渡した。

ドラガンには、アリサ、アンナさん、マチシェニの三通が来ている。

封を切ってみると、アリサの手紙の封筒には手紙以外のものが入っている。


 プラマンタは、にやにやしながらドラガンの姿を見ている。

手紙以外に入っていたものは、何だかよくわからないぐねぐねした線の書かれた紙であった。

だがドラガンには、それが何かすぐにわかった。

エレオノラが母を真似て紙に何かを書いてくれたのだ。


「エレオノラちゃん可愛いですね。私の翼が珍しいらしく何度も引っ張られましたわ。羽根が抜けると宝物のように大事に握っとりました」


 その光景が目に浮かぶ。

ドラガンはプラマンタの話に顔のほころびが抑えられなかった。



 ドラガンとプラマンタがエレオノラの話をしていると、突然ベアトリスが大声をあげた。

慌てて席を立つと真っ先にザレシエのところに行き手紙を見せた。

ベアトリスに肩を大きく揺さぶられ、ザレシエは少し不快そうな顔をし手紙を受け取る。

だがそんなザレシエも手紙を読むと大声をあげた。


 二人でドラガンのところに来て、凄い事が書いてあると言って手紙を手渡した。



 手渡された手紙はエニサラからのものだった。

最初は、こっちは元気にやってるよやら、冒険者の誰々が怪我したんだよやら、最近、変な蟲が出て農場の作物が一部駄目になったんだよ、それを討伐したんだよなんて事が書かれていた。


 その時点でドラガンは少し違和感を覚えた。

何故エニサラの手紙に農場の事が書かれているのだろう?

その答えは手紙の最後に書かれていた。



”そうそう。私結婚したんだよ。相手、誰だと思う? ベアトリスちゃんもよく知ってる人だよ。教えるのちょっと恥ずかしいなあ。どうしよっかなあ。実はね、ジャジャーン、マリウス兄でした! びっくりした?”



 ……びっくりした!

エニサラ、マチシェニ、どちらも良く知っているだけにびっくりした。


 目を見開きザレシエとベアトリスに顔を向けると、二人とも言葉を無くしているという感じだった。


「マ……マリウス兄は、手紙、何て書いてあるん?」


 精一杯ベアトリスが絞り出した事がそれだった。


 ドラガンはマチシェニの手紙の封を切った。

慌てて手紙を床に落としまい、ベアトリスに何してるのよと怒られた。


 内容を読んだドラガンは全て読み終え笑い出した。

ベアトリスは奪い取るように手紙を受け取ると、じっと読み続けた。


「何、これ? 畑の事以外何にも書いてへんやないの。マリウス兄はアンドレーアちゃんの事、何で言うてこへんのやろ?」


 ベアトリスは、そう言って手紙をザレシエに渡した。

ザレシエもマチシェニの手紙を読み、あいつらしいと言ってドラガンに手紙を返した。



 実はザレシエとマチシェニは同級生だったりする。


 ザレシエは学業優秀、運動神経もなかなかに良くかなり目立つ存在だった。

一方マチシェニは、運動神経はそれなり、学業もそれなり、おまけに寡黙と、ひと際地味な存在だった。

ザレシエは先輩、後輩からも憧れの存在だった。

一方のマチシェニは存在感ゼロ。

幼馴染ではあるものの、二人だけで遊ぶといった事も一切無かった。


 ジャームベック村も人間とエルフは同じ学校に通っている。

ただベレメンド村と違って教師は人間ではなくエルフが多い。


 学校を卒業するとザレシエはロハティンの学府へ、マチシェニは家の家業である農場で働き始めた。

そこまで親しかったわけではない二人だが、実は性格は少し似たところがあった。

二人とも研究心が旺盛なのである。


 マチシェニはその研究心を農業に費やし、ザレシエは学業に費やした。

専門的に研究する事も見つかり、これからという時に例の竜の盗難事件が起こった。

その後、ロハティンの治安が急激に悪化。

学府からも徐々に人が減って行った。

同じくベルベシュティ地区から来ていたエルフの先輩から村に帰って教師になると聞いて、ザレシエも一緒に村に戻る事になった。


 村に戻ったザレシエは何だか人生に躓いてしまった気がしてかなり気落ちしていた。

村に帰っては来たもののやりたい事も無い。

学校で手伝いをしていたのだが、そこで何となくドラガンの製粉小屋の工事に参加した。


 マチシェニの畑の隣で休憩しているザレシエにマチシェニは言った。


「わざわざあんな都市に行かなくったって、村にも興味をかき立てる事は事欠かないんだぜ?」


 ザレシエは驚いた。

これまで十八年、ザレシエからマチシェニには何度も声をかけていた。

だが、その逆は一度も無かった。

これがその初めてだったのだ。

そのマチシェニの言葉がザレシエの考えを変えた。



 ザレシエは気が付けばドラガンの護衛に志願し、今もこうして隣にいる。

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